通訳あるあるネタ【第19回】

通訳の仕事を四半世紀以上続けてきましたが、毎回新しい出会いと刺激にあふれているので、飽きることはありません。テレビやオリンピック、大規模イベントのような華やかな仕事もあれば、被災地での取材、患者会のように涙をこらえながらの仕事もあります。病院や工場の監査・査察では質問と回答を正確に訳すことが求められ、レセプションやセレモニーでは場を盛り上げる言葉選びが必要です。

1998年2月の長野オリンピックは、もう20年以上前の出来事なのに、今でも昨日のことのように覚えています。当時学生だった私は、ダブルスクールで通っていたNHK情報ネットワーク国際研修室という通訳学校から派遣され、白馬でスキージャンプ競技の通訳をしました。International Signal(国際信号)と呼ばれる世界中のメディアに配信する映像を制作する組織で、管制塔からの情報を各国メディアに英語で伝える仕事でした。風が強いから競技が中断するとか、内容的にはそれほど難しくありませんでしたが、私の情報を元に各国メディアが国際信号に自国語でコメントを加えて放送するため、責任は重大です。会場各地に配置された数十人のカメラマンから送られる映像が並んだ画面から、ディレクターの指示を元にスイッチャーが次々とつなげて映像を作っていきます。国際信号なので、各国の選手を偏りなくカバーしなければならず、現場は緊張感にあふれていました。強風のため20分ほど中断した後の原田選手の大ジャンプは、今でも鮮明に記憶しています。日の丸飛行隊が金メダルを取った瞬間、百戦錬磨の貫禄を持つディレクターが男泣きをしながら、「だから、オリンピックは、特別なんだよ」とつぶやいたその顔を時々思い出します。

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