新・医薬品品質保証こぼれ話【第46話】

2024/02/16 品質システム

“ガバナンス”と自律性。

執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話
 

“ガバナンス”と自律性


最近、政治・企業・大学など様々な場で重大な問題が発生した際に、“ガバナンス(Governance)”という言葉がよく聞かれます。“ガバナンス”とは、“統治”、“統制”、“監視”、“監督”、“管理”、“支配”といったことを意味し、“組織が目的を達成するための意思決定などを評価し監督する”ために重要とされています。政治や企業等の組織において社会を揺るがすような不祥事が発生した場合に、その原因としてこの“ガバナンス”の問題が指摘され、“ガバナンスに問題がある”、“ガバナンスが機能していない”などとして使用されますが、その意味するところをどれだけの人が理解しているでしょうか。

“ガバナンス”の問題が原因で重大な問題を引き起こしているとすれば、それぞれのケースにおける“ガバナンス”の意味合いや重要性を知り、発生した問題とどう関係しているのかといったことを理解しない限り改善対応もできないはずです。ちなみに、ガバナンスと同様に問題が発生した際に問われる“コンプライアンス”(Compliance:法令遵守)は、生じた事象に関する“法令の遵守性”(遵法精神)の問題であり、ガバナンスに比べると幾分か分かりやすいと思われます。また、この両者の関係性は、「ガバナンスが機能しており、コンプライアンスが確保されている」といった文脈から理解できるでしょう。

“ガバナンス”は国の安定を図り国民の安全安心を確保するために、特に、政治、教育、医療、福祉といった社会の基盤となる領域において、“コンプライアンス”の確保や人命をリスクから救済・保護する際に重要と考えられます。しかし、昨今、重大な問題が発生するたびに、その原因として、この“ガバナンス”の問題が取り上げられる現状から、ガバナンスを機能させ徹底することの難しさが窺えます。

政治や大学におけるガバナンス”の問題が指摘された最近の不祥事としては、現在、俎上にある自民党派閥の“裏金づくり”の問題や、先般の日大アメフト部の“覚せい剤汚染”などがその代表的な事案として挙げられます。また、企業におけるガバナンスが指摘された事例としては、ビッグモーターの保険金不正請求、ダイハツおよび豊田自動織機の認証試験不正など枚挙に暇がありません。医薬品業界では沢井製薬の試験不正に関してガバナンスの問題が問われていますが、この数年の違法製造事案の多くについても同様のことが言えるでしょう。

ちなみに、医療の領域においては、“患者の取り違え”や“薬剤の誤投与”などの医療過誤の防止が、ガバナンス確保の最も重要な目的と考えられますが、労働環境やヒューマンエラー対策などのシステムの整備に組織的に取り組むことが、目的達成の鍵となるでしょう。また、病院の幹部が医療機器の購入に際し販売会社から賄賂を受け取るといった、権限や立場を利用した不祥事も散見されますが、この種の問題は医療機関に限らず、大学・企業ほか公的機関を含むどんな組織においても発生する可能性があり、“ガバナンス”の観点からの注意が必要です。

この“ガバナンス”ですが、医薬品製造の領域においては、「データ・ガバナンス(Data Governance)」という用語・概念が示されており、医薬品の製造や品質管理における“記録やデータの信頼性確保”の観点から重視されていることはご承知のとおりです。“データ・ガバナンス”とは製造記録や試験データの信頼性を確保するために、組織として総合的な見地から統括管理することを意味し、これを的確に実践するには、“データ・ガバナンス・システム”(Data Governance System)を構築し、適正に運用することが重要とされています。

PIC/S(医薬品査察協定及び医薬品査察共同スキーム)のデータ・インテグリティ・ガイダンス(Good Practices for Data Management and Integrity in Regulated GMP/GDP Environments)においては、第5章に「Data Governance System」の項が設けられ、データ・ガバナンスを推進するための考え方や留意点が詳細に示されています。この内容を大きく捉えると、システム構築にあたっては、①「問題発生の防止」、②「発生した問題の発見」、③「問題発生時の対応」④「本システムの再評価」の4つの観点から要点を整理し、対策や手順を整備することが基本になると考えられます。
 

 

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執筆者について

浅井 俊一

経歴 1974年ロート製薬入社。品質管理・薬事・品質保証の各業務にそれぞれ7年・15年・16年間従事。退職後、2018年まで中国の原薬工場および国内受託企業において、改善・人材育成を含む品質保証全般に携わる。
中国での活動に、「新薬事法下の日本の医薬品品質保証体制」(2009/上海),「日本に輸出するための原薬品質の要件」(2017年/杭州)などの講演や、北京CFDA(現, NMPA)主管「医薬経済報」への「中国原薬の品質確保の視点」の連載(2012年)などがある。
取り組みテーマは「製薬工場のヒューマンエラー対策」,「中国等の海外原薬の品質と安定供給の確保」,「GMP記録の信頼性確保」,「組織コミュニケーションの活性化」,「作業者のモチベーションの確保」など。
著書に「改訂版GMP教育訓練マニュアル」(㈱じほう、共著),「3極対応/試験検査室管理実践資料集」(㈱情報機構、共著)などがある。
元,日薬連品質委員会常任委員。元,日本OTC医薬品協会品質委員会委員長。元日薬連CSV検討会メンバー。 薬剤師。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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