新・医薬生産経営論(技術革新とこころの経営史)【第1回】

近代工業は産業革命から始まった。しかし、産業革命を起こすには商業資本主義の発展が必要であった。歴史は、何かの力によって川の流れのような「線」を描く。その力のひとつは確かに、技術革新である。

 

大航海時代(重商主義経済)。

15世紀後半から、大航海時代は始まった。

7世紀後半から、中近東・北アフリカとの東地中海貿易で繁栄を続けていたベネチア共和国の時代から、イベリア半島の「太陽の沈まぬ国」スペイン(1479年建国)・ポルトガルの時代へ、そして、スペインから独立(1581年独立宣言)したオランダ、英国の時代へ進む。いずれの国家もそこに大西洋がある。

だから、アメリカ大陸が発見され、太平洋が発見され、海洋交易は著しく地球上に拡大した。

コロンブス(スペイン)、1492年にアメリカ大陸に到達(バハマ諸島東端、サン・サルバトル島に上陸)。

アメリゴ・ヴェスプッチ(スペイン)、1499年に南米大陸を探検。

マゼラン(ポルトガル)、1519年~1522年、南米大陸南端のマゼラン海峡を通り太平洋に進出(太平洋の名はマゼランの命名)、フィリピン上陸を経て、アフリカ大陸南端の喜望峰を回りポルトガルに帰還し、世界一周を果たした。ただし、マゼラン自身は航海途中の1521年にフィリピンで殺害され、ポルトガルに帰還したのは237名の乗組員のうち僅か18名であった。  (注)太平洋とは「穏やかな海」という意味。

コルテス(スペイン)、1521年にアステカ王国(メキシコ)を征服。

ピサロ(スペイン)、1533年にインカ帝国(ペルー)を征服。

因みに、ポルトガル人が日本の種子島に漂着したのは1543年(日本の歴史では鉄砲伝来の年)。キリスト教修道会、イエズス会(耶蘇会)のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したのは1549年(天文18年)。新大陸発見後、新大陸(植民地)からは銀・金・石炭などの鉱物資源のほか、香辛料(食肉の保存用)、煙草、コーヒー豆、砂糖、綿花などが欧州に輸入され、欧州からは綿製品などの工業製品が輸出された。

が、最も大なる輸出品は鉄砲とキリスト教であった。だから、日本への到着は必然であり意図的であった。余談であるが、もし鉄砲が日本に伝来していなかったら、戦国の覇権は、織田信長(→豊臣秀吉)ではなく武田信玄であっただろうと思う。将軍・足利義昭は信玄の上洛を要請し、彼の上洛途上を遮る強敵はなかった。前方の織田・徳川は弱小で問題にならず、後方の上杉謙信とも信濃国平定により有利な休戦状態にあった。しかし、黒沢明の映画「影武者」では信玄は三方ヶ原の戦いで徳川家康を敗走させた後、鉄砲で狙撃されたことが死因(1572年)であり、後継者の武田勝頼は無敵と言われた武田騎馬軍団を率いたが、長篠の合戦(1575年)で信長・家康連合軍の持つ約3,000丁の鉄砲と三段撃ちに敗れた。

大航海時代を築いたのは、コロンブスがアメリカ大陸を発見しても死ぬまでそれがインドであったと信じていたように、ベネチア商人マルコ・ポーロ(1254年~1324年)の旅行記「東方見聞録」によって東方への関心(ロマン)が高まっていたということと、技術革新により遠洋航海が可能になったことである。

イタリア人、フラヴィオ・ジョーヤが1310年頃発明したとされ、火薬、活版印刷と並んでルネッサンス時代の三大発明の一つとされる羅針盤、また、造船技術(漕船→帆船)・航海術の革新、そして世界地図・地球儀などの地理的知識の革新が、大航海時代を創り出した。ベネチアの櫂を用いた漕船では、波静かな夏の地中海が限界であり、造船技術・航海術の革新に後れを取ったベネチア共和国は1797年、フランスのナポレオンに降伏し、約1,000年に及ぶ繁栄に終止符を打つことになる。

新大陸から、銀・金などの鉱物資源や香辛料・綿花などの農産物が欧州にもたらされ、欧州の富は著しく増大した。「地の中からの富」が欧州に大なる繁栄をもたらした。

大航海時代は交易による商業資本主義(重商主義経済)の時代であった。

16世紀までは、まさにスペインの「黄金時代」であったが、1581年にオランダに独立され(1815年ナポレオンから再独立)、英国侵攻を企てたスペイン無敵艦隊はアルマダの海戦(1588年)で英国に敗れ、スペインの衰退が始まり、国土は狭隘であるが、オランダ、英国が世界の遠洋交易の主役になる時代に進む。英国は1600年、東インド会社を設立しインド貿易を本格的に開始するとともに、北アメリカ大陸の東部において1607年、バージニア植民地を成立させた。1620年には、英国国教会からの迫害から逃れ信教の自由を求めた清教徒たちがメイフラワー号でプリマス(ボストン南方の地名、出発地の地名でもある)に到達し、1630年にボストンを建設した。メイフラワー号は、今日の米国では、信教の自由の象徴となっている。オランダも1602年に東インド会社を設立し、1626年にはアメリカ大陸においてニューアムステルダム(現、ニューヨーク)を建設、その後、新大陸やアジアから得た富を基に、オランダ・アムステルダムは世界金融の中心都市になった。
 

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