新・医薬品品質保証こぼれ話【第17話】

執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話

医薬品の安定供給と薬価制度

深刻な医薬品不足が続く中、12月2日(2022年)、中医協の薬価専門部会が開催され2023年度の改定に向けて議論が行われました。支払い側委員(健康保険組合、全国健康保険協会)より、薬価調査により得られた平均乖離率7.0%は例年並みであり、通常改定が可能との見解が示されましたが、長引く医薬品不足の状況を招いた一因が薬価の切り下げにあるとする医薬品業界の考えも根強く、今後、2023年度の薬価改定に向け、安定供給と薬価制度あるいは改定ルールの関係が議論の的の一つになることは間違いないでしょう。

医療用医薬品の薬価を定める日本の薬価制度においては、市場における実勢価格と薬価との乖離率を基礎に改定が行われますが、価格による販売競争が行われるため市場で取引される実際の価格(実勢価格)は、当然のことながら薬価より低くなります。薬価改定はこの低くなった価格と薬価との差(乖離率)を根拠に見直され、結果として、毎年(2020年度までは2年に1回)、改定という名のもとに“引き下げ”が行われる状況にあります。薬価の引き下げが続いても何とか利益を確保し、医薬品の生産が継続できているのは“製薬企業の様々な努力”によるところが大きく、このことに支払い側の関係者が理解を示すことが大切と思われます。

その“様々な努力”とは、製造現場における地道な改善活動、経費節減運動、安価な原薬・原材料の購入努力、業務効率化による人員削減などであり、血と汗が滲む日々の取組みの上になり立っています。しかし、今の原材料の高騰なども考慮すると、その努力も限界に来ていることは想像に難くありません。このような状況の中、体力が低下した製薬企業が時に違法製造となる品質トラブルを招き、自主回収、業務停止、社会的信用の失墜、業績悪化という負のループを形成し、このことが医薬品の安定供給を障害する重大な原因の一つになっています。

ここまで述べた内容からは、医薬品の安定供給と薬価制度の間には何ら関係がないように思われるでしょう。しかし、薬価の切り下げを中止し価格を維持することにより製薬企業の収益率が改善すれば、例えば、人員削減が不要となり、あるいは老朽化した製造機器の更新が可能となるなど、品質トラブルの低減に繋がる条件を整えることができ、回収や業務停止が減り、ひいては医薬品不足の改善につながっていきます。医薬品業界が薬価改定の考え方を見直して頂きたいと要請する根拠は、このように実にシンプルで明解です。

一方、支払い側は立場上、医療費抑制を目途に少しでも薬価を引き下げることに焦点を合わせ、論戦のシナリオを整えようとします。例えば、薬価改定が安定供給を障害しているというエビデンスの提示を求めています。しかし、この宿題に的確な回答を示すのは至難のわざであり、できたとしても相当の時間と労力を要するでしょう。こういった難題とも言えるエビデンスを求める前に、上記のように、薬価切り下げを止めることが現在の深刻な医薬品不足の改善に繋がることを理解する努力をすることが重要ではないでしょうか。医療現場(医師、薬剤師、看護師など)の声に耳を傾けその現状を知れば、医薬品不足の深刻さが分かり、もはやこの問題は喫緊の課題ではなく“緊急事態”であることが容易に理解できるはずです。

勿論、現在の医薬品不足は薬価切り下げのみが原因ではなく、様々な問題が複雑に絡み合い長い年月の間にその原因を構成してきた、いわゆる“構造的な原因”に拠ることは周知です。しかし、明らかに状況の改善に効果が期待できることが分かれば、その対策を迅速に実行に移すことが重要です。医薬品不足は患者を直撃します。患者の命がかかっているのです。立場の違う者が双方の主張を繰り返し、長い議論を推し進めている時間はないはずです。
 

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