新・医薬品品質保証こぼれ話【第39話】

執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話
 

縦組織の限界と“隠ぺい”の構造

先日(2023年10月23日)、沢井製薬は九州工場における「テプレノンカプセル」(胃潰瘍等の治療剤)の溶出試験に関する不正行為について発表しました。本件については、すでに、不正の事実確認後、今年7月から自主回収(「医薬品回収の概要」7月7日付け:厚生労働省ホームページ)が進められていましたが、今回、特別調査委員会の報告を受けて、正式にその概要がプレスリリースされたものです。今回の事案は、沢井製薬が長年にわたり後発医薬品(以下、「後発品」)業界を牽引してきたリーダー企業であることに加え、不正の内容がこれまで例のない特異なものであり、かつ長期にわたり行われてきたことから驚きを隠せません。

今回の不正行為に関する経緯や内容は、沢井製薬から報道関係者に宛てられた文書(「当社九州工場でのテプレノンカプセル 50mg「サワイ」 安定性モニタリングにおける不正に関する調査について」:2023年10月23日)に詳しく記載されていますが、本件のポイントは、簡単に言えば、経時変化した製品を安定性モニタリングにおける溶出試験に合格させるために、“内容薬剤を新しいカプセルに入れ替えて試験試料としていた(SOP違反)”こと、および、この状況が長年続いていたこと、この二点が最も重要で、悪質と判断される部分です。

こういった行為を、後発品業界の指導的立場にある企業が行っていたという点において、社会への影響が計り知れず、“医薬品不足”の解消にも“向かい風”になることは避けられないでしょう。また、溶出試験は“先発医薬品との生物学的同等性”の証とするための理化学試験であり、後発品の品質保証において“命”とも言える最も重要な試験であることを考慮すると、今回の“試験不正”は後発品の品質の信頼性に関わる重大な問題と解され、本事案の発生は大変残念と言わざるを得ません。

不正は一般に、“不正のトライアングル”と言われる、“動機、機会、正当化”の3つの要素により生じるとする理論により説明され、個人が引き起こす不正、特に、衝動的あるいは場当たり的な不正の多くはこの理論で説明がつくと思われます。しかし、今回のような、明確な意図(目的)が根底にあるケースはこの理論だけで説明できず、そこには“組織の問題”が大きく関与することは想像に難くありません。ただ、“組織の問題”と言っても事情は企業によって千差万別であり、一言では語れません。

企業における組織の多くは縦組織であり、それゆえの様々な煩わしい問題や悩ましい問題が日常的に発生し、誰もが経験し苦労します。組織における“良好な人間関係構築の困難性”の基礎にあるのもこの“縦組織の弊害”かも知れません。“役割、責任、権限”、そういったものがこの縦組織の中に包み込まれており、事が起きる度にこれらが様々な形で顔を出し、時には、保身や責任逃れ、パワハラといった、好ましくない目的・形で現れます。

また、不正行為には、個人のケース、組織的なものにかかわらず、“隠ぺい”が伴います。それは、やむを得ない状況下に発生する不正、意図された不正のいずれの場合も、運よく露見しなければ“事なきを得る”ことができる可能性があるからです。しかし、医薬品の製造や品質管理の領域における不正は、今や“隠し通す”ことは極めて困難と考えられます。その理由としては、査察の厳格化、内部通報の奨励、雇用の流動化、記録管理に求められる厳格性、などなど、昨今のこのような事情が挙げられます。

こういった状況下に、何故、後発品トップの沢井製薬において今回のような事案が発生したのか?理由は様々考えられ、一つには他の企業同様、縦組織にありがちな“情報の流れの悪さ”、“伝言ゲームの如き確認・指示の曖昧さ”、“管理監督の不行き届き”などがその理由として考えられます。しかしながら、今回の場合は、後発品業界トップの位置にあり、業界の指導的立場にあるがゆえのプライドや自負が、“不正などとても明るみにできない”、“失敗は許されない”といった、他の企業にはない一種固有な考えが組織の根本に強く潜在し、判断を誤らせたといった側面もあるのではないでしょうか。
 

 

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