【第1回】マイナスからはじめる生物統計学
「統計学と生物統計学の存在感」
1.統計学の存在感
皆様は生物統計学について、どの程度ご存知でしょうか?世の中に色々とございます「〇〇統計学」の分野のひとつであることは間違いないのですが、実はあまり知られていない存在であると、当事者の多くは感じております。そもそも統計学と言えば、大学入試では出題されない、教科書では最後のページに君臨し、決して学ばれることのない、極めて存在感のない教科だったと記憶されている方も多いのではないでしょうか?初等中等教育では全く存在感のなかった統計学でしたが、近年のデータサイエンスの流行で風向きが変わってきたようです。平成30年には高校1年生が数学Ⅰにおいて「データの分析」を学び、昨年(令和4年)の入学者からは、数学B(高等学校2年時)において「統計的推測」まで学ばれることになりました。膨大な計算量で成り立っている統計学を、どのように大学入試で出題するのかは、大学関係者の腕の見せ所ですが、当然学んだからには出題しなければならないでしょう。今後は大学入試に乗っかる形で学習者数が増加し、人手不足と言われるデータサイエンティストの数は充足されるのかな・・・などと勝手に思っておりますが、生物統計学に関しては、存在感はそれほど変わらないのかなというのが私の感覚です(そもそも、データサイエンティストの定義自体が曖昧で不明ではありますが…)。
2.生物統計学の存在感
それでは生物統計学とはどのような学問なのかと申しますと、実は結構多くの呼び名がございます。例えばAmazonの分類では、「医療統計学」に属しますし、看護大学などでは「保健統計学」、医学部では「医学統計学」、ある 大学には「バイオ統計学」なる研究科もございます。あくまで筆者の感覚ではありますが、保健統計学にはアンケートの実施や分析、調査票の作成など心理学に近い内容を含むことが多いですが、その他で取り扱っている内容には大差が無いかな・・・と思います。具体的には何をやっているかと言えば、「医学研究(臨床研究)の結果を示すための統計学」「医薬品の効果を客観的に示すための統計学」「ある病気(疾患)の原因となる要素(因子)を探るための統計学」等々です。現在脚光を浴びているデータサイエンティストが活躍している分野かと言えば、ちょっと違う…かな(?)と思います。一番の違いは、データサイエンティストの方が行うような、数百万件など大量のデータを扱う機会はほとんどなく、多くは数十例~せいぜい数百例ぐらいです。数千件、まして数万件のデータを扱うことなどほとんどございません。(一般的な)データサイエンティストのように、テレビなどで頻繁に取り上げられる存在でも無ければ、まして大金が転がり込んでくる訳でもございませんので、統計学がブームになろうとも、生物統計学がブームになることは、多分無いでしょう。(筆者も含めて、関係者はもっと生物統計学の魅力を発信するべき!)
医学研究(臨床研究)の主な目的は、「既存の治療法よりも、”より良い”治療法を社会に提供し、多くの皆様のQOL(Quality of Life:人生の質)を上昇させることに他なりません。医薬品の開発も同様、「既存薬よりも、”より良い”医薬品を社会に提供すること」に主眼が置かれています。その、「より良い状態」を示すためには、自身が研究している内容が既存のものよりも「優れている」ことを示さなければなりませんので、「比較」を行う必要があります。ただし、比較と申しましても、引き算をして既存のものよりも大きい(小さい)から優れているなどというだけでは認められませんので、科学的理論に基づいた比較が行われる必要があります。その「科学的理論」こそが統計的推測の方法であり、通常は取り扱うデータの種類や条件の違いによって使い分けられています。医学研究の主目的が比較なので、生物統計学の講義や解説書(特に初心者向け)においては、どうしても統計的検定の話が多くなってしまいがちなのも特徴です。実際に私が開催している初心者向け講義の参加者(2023年9月段階で有効回答者数381名)のうち、医学研究には統計的検定が多いなと感じられている方は何と90%以上です。初心段階における感じ方などは自由であり、筆者が口出しする問題ではございませんが、少なくとも、生物統計学が検定だけの学問であると思い込んでしまうことは大問題です。何時の間にか、「検定が多い=検定さえ覚えておけば良い」といった図式が、受講者のみならず、初心者向け書籍の一部においても蔓延っていることは決して無視できません。
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