医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第35回】

2022/11/25 医療機器

遺伝毒性とは?

遺伝毒性

 遺伝毒性という言葉を知っている人は当たり前のように使っているかと思いますが、はじめてこの言葉を聞いて、どんな毒性を想像されるでしょうか。
 遺伝する毒性? 遺伝の際に生じる毒性?
 ちょっとわかりにいですよね。英語ではgenotoxicityと言い、この翻訳に相当しますが、geneへのtoxicityと考え、遺伝子への毒性というのが意味としてはわかりやすいように思います。

 では、細胞の遺伝子に毒性が及んだ場合にどのような影響が生じるでしょうか。
 遺伝子は、DNAから成り、それがヒストンタンパク質と結合し折りたたまれて核内に収納されており、有糸分裂の際は染色体として姿を見せます。核の見た目の変化はこのようなものですが、分裂期の間にある間期と呼ばれる時にDNAの複製が行われており、このプロセスのいずれかに毒性物質がアタックするということになります。
 最も重大な影響としては、遺伝子やそれを支持するメカニズムに致命的な影響が及ぶことです。そうなると、細胞は分裂どころか、通常の細胞としての維持機能が働かなくなり、細胞死をむかえます。これは細胞毒性試験でも検知可能です(細胞毒性試験では、遺伝子以外への細胞器官への影響、例えば細胞膜への影響による毒性なども検知しています。)。これ以外として、細胞死するような影響はないものの、DNAの複製において、影響を及ぼすことが考えられます。
 DNAはデオキシリボース(五炭糖)とリン酸、塩基から構成されますが、このうちの塩基には4種があり、それらが相補的に繋がった二重鎖構造だということを覚えていらっしゃるでしょうか。アデニン(A)、シトシン(C)、チミン(T)、グアニン(G)という塩基の組み合わせで1本のDNA鎖が構成されます。DNAは2本鎖ですので、対になるもう一本のDNAには、片側のAに対してはTと、そして、GはCと結合しています。例えば、1本鎖の塩基配列が、「TTTTCTTATTGT」だと、もう1本のDNAは、「AAAAGAATAACA」という塩梅です。細胞がその機能を発現するために活動する際は、2本鎖が開き、1本のDNAの配列が相補的にメッセンジャーRNAに写し取られます。これを転写と言いますが、ここで間違った転写が行われると、その先に導かれるアミノ酸の結合でエラーを生じ、そして、最後にはアミノ酸が複数結合したペプチドやそれが三次元的に合わさったタンパク質に問題が生じます。そうなると、意図したタンパク質が生成されないため、生命機能に支障が生じるということとなります。
 読み取り時のエラーもそうですが、元になるDNA情報が間違ったらどうでしょうか。読み取り時はその時だけの問題になる可能性がありますが、そもそもの情報が間違っていたら、ミスはずっと続くということとなります。DNA情報の3つの塩基の組み合わせで、対応するアミノ酸が決まります(下表参照)。先ほどの例ですと、「TTT」はフェニルアラニン、「TCT」はセリン、「TAT」はチロシン、そして、「TGT」はシステインのコードです。つまり上記の例では、フェニルアラニン-セリン-チロシン-システインのアミノ酸が順に結合したペプチドが形成されるDNA情報ということです。このうち、GがCに代わったとすると、最後の3つ組は「TCT」となってしまうので、システインではなく、セリンをコードするための情報となってしまいますし(塩基対置換)、Cの前にGが挿入されてしまうと、「TTT TGC TTA TTG」という情報となり、「TTT」はフェニルアラニン、「TGC」はシステイン、「TTA」はロイシン、そして、「TTG」もロイシンを示しますので、フェニルアラニン-システイン-ロイシン-ロイシンという随分異なったペプチドが生成されてしまいます(インサーション)。他にも、特定の塩基が欠損したり、重複したりなどもあります。
 たかが4アミノ酸分のDNA配列を例として書きましたが、それですら、私の老いた脳みそでは間違いを犯していそうで、この文章を書いた時には何度もチェックしてしまいました。ましてや、何十万というアミノ酸が結合したタンパク質ともなると、どれだけたいへんか想像に難くありません。
 通常では、細胞内にDNA複製のチェック機構があり、それを担っているがDNAポリメラーゼという酵素です。このメカニズムにより頑健性が維持され、なんでも複製のミスは100万分の1程度ということですので、とんでもなく優秀です。
 

 

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執筆者について

勝田 真一

経歴 一般財団法人日本食品分析センター 理事
1986年財団に入所し、医療機器、医薬品、食品、化粧品及び生活関連物資等の生物学的安全性評価に従事。1997年佐々木研究所研究生として毒性病理学及び発癌病理学研究に携わる。1999年東京農工大学農学部獣医学科産学共同研究員として生殖内分泌学研究。日本毒性病理学会評議員、ISO/TC194国内委員会、ISO/TC194 WG10 Technical ExpertやJIS関連の委員などを歴任。財団では薬事安全性部門を主管し、GMPやGLP対応を主導。情報システム部門担当を歴任。大阪彩都研究所長を経て現在北海道千歳研究所長。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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