化粧品研究者が語る界面活性剤と乳化のはなし【第6回】

安全・安心だけじゃない??? ノニオン界面活性剤

 緑鮮やかな抹茶を竹製の茶筅でかしゃかしゃとかきまぜると、ぷくぷくした泡が立ち、ふんわりと香りが立ちます。あの、詫び・寂びの世界になくてはならない柔らかい泡が生まれるのは、サポニンという天然の界面活性剤のおかげといわれています。サポニンはお茶の葉だけでなく、大豆や高麗人参の茎や根にも含まれている配糖体の1種で、活性酸素を取り除く抗酸化作用、風邪やインフルエンザから身体を守る免疫作用に加えて脂肪の吸収を抑えて肥満を予防する効果があるといわれており、19世紀には既にその生理活性が学術論文に報告されています。しかし、お茶の葉に含まれているサポニンの化学構造は、伊藤園株式会社と理化学研究所の研究者によって1994年に報告されるまで、明らかにされていなかったようです(図) [1]。われわれが何百年も昔から口にし、たくさんの文化人に注目され、古文書にも記録が残されているお茶の大切な成分が、数十年前まで、実はよく分かっていなかった・・・。なんだか不思議な感じがしてしまいます。

 ともあれ、このサポニン、ちょっと複雑な形をしています。そしておそらく、このことが化学構造を完全に解明されるのがちょっと遅くなった理由のように思われます。サポニン分子のうち水になじみやすい親水基はオリゴ糖ですが、油となじみやすい親油基は環状の構造が幾つもつながった複雑な形をした部分で、トリテルペン/ステロイドと呼ばれています。一般的な界面活性剤の親油基は単純なアルキルの一本鎖かせいぜい分岐・二本鎖どまりなので、サポニンの分子構造の複雑さは群を抜いているように思われます。

 そんなことで、サポニンのように電荷を持たない親水基をもつ界面活性剤を「ノニオン界面活性剤」といいますが、このタイプの界面活性剤として1930年に初めて合成されたのがポリオキシエチレン系の界面活性剤でした(図)。ノニオン界面活性剤は酸・アルカリ・硬水に強く、電解質の影響をほとんど受けないだけでなく、経口毒性や皮膚刺激が低いために、化粧品だけでなく食品・医薬品の乳化剤として使われるようになりました[2]。多量に摂取した時の急性毒性、皮膚に塗布した時の一次刺激、アレルギー反応の程度を示す感作性など、安全性関連の基本データを見ると、「無刺激」「陰性」と書かれているものの多くはポリオキシエチレン系やソルビタン系、ショ糖脂肪酸エステル等のノニオン界面活性剤なのでした。

 そんなことで、一見、安全・安心、癒し系に見えるノニオン界面活性剤ですが、他の界面活性剤にはない、とんでもない個性を秘めていることが知られています。例えば、ノニオン界面活性剤は水の中に油を溶かし込む可溶化力が高く、がちがちのメイクを一瞬で溶かすことができるため、クレンジングの主基剤として利用されています。例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテルの1重量%水溶液は、温度の上昇とともにたくさんの炭化水素油を溶かすことができるようになり、その値は最大で数十gL-1まで到達します[3]。油の分子は、ミセルと呼ばれる界面活性剤の集合体の中に溶解するために、見た目は透明な一液相となるのです。さらに、幾つかのノニオン界面活性剤を組み合わせたうえでミネラルオイル、シリコーン、エステル油、植物油を配合することで、アイシャドウ・口紅の化粧膜を強固に固めているワックスを溶かすとともに、落としたメイクアップの成分をさっぱりと洗い流すことが可能になるのでした[4]。面白いことに、洗浄力が高いとなんだかその分皮膚への刺激も強いような気がするけれども、実際にはそんなことはなかったりする。ノニオン界面活性剤、まさに優しいけれども力持ち、なのでした。

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