GMPヒューマンエラー防止のための文書管理【第48回】

2021/09/03 品質システム

リスク管理について解説をする。

リスク

1.楽観バイアス
 コロナ禍で、オリンピックが開催され、人々に楽観バイアスが広まり、危機感が薄れていると報道されている。楽観バイアスとは、「人間心理に関する用語で、物事を自身にとって都合よく解釈してしまうこと。「認知バイアス」の一種であり、危険な物事を目にしても自身には危険はないと考えてしまうことなどが楽観バイアスにあたる。日常生活における心理的なストレスを軽減するため、無意識に行われるとされる。」1)自分は、感染しない、自分は重症化しない、と根拠のない安心感から対策もせずに、行動しているのだろう。感染者の多くが、まさか自分が感染するとは思わなかった、などの発言をしている。
 私の経験だが、GMP査察で、リスクに触れ、事故につながる可能性を示唆すると、過去にそんな事故が起こったことはない、他でそのような指摘を聞いたことがないなどと聞き入れてもらえないことが多くあった。その製造所では過去に起きていなくても、多くの製造所で起きている違反事例や回収事例に共通する部分が多々ある。その点を尋ねたわけである。GMP違反として、バレないだろうと文書の改ざんやねつ造事件が起きている。改ざんやねつ造までしなくとも、文書を隠していることは多いはずである。査察官や監査員が求めた文書のみを提示すればよいと思っている製造所は多いと思う。文書を隠そうと考えたこと自体が、実は、自身で悪いことをしていることを自覚していることに他ならない。データインテグリティは、その文書、記録に嘘がないことを証明することにある。バレないだろうという楽観バイアスではなく、自分自身の行為に問題がないかの根拠を示すべきである。
 楽観バイアスは決して、悪いものではない。新たなチャレンジをする時、不安からストレスとなり、行動できないことにならないよう人間の自然な防衛反応ともいえる。恐怖から動けなくなることを防ぎ、自身を守る行動が取れるようにする。しかし、自分は大丈夫との考えから無謀ともいえる行動や無防備な状況になり、結果、まさか自分がとなってしまう。ヒューマンエラーの多くが、こんなベテランがどうしてこんなことをしたのかなど不思議に思う事例は多い。楽観視や自信過剰など、自分は大丈夫という気持ちがそこにあったはずである。ヒューマンエラー防止のために、自分は大丈夫である根拠が必要となる。それは個人に押し付けるのではなく、バリデーションの実施やCAPAの有効性評価、教育訓練の実効性評価などリスクマネジメントの考えに基づき、組織として、チームとして対応しなければならない。それが品質システムである。
 ヒューマンエラー防止のためには、従業員一人一人がその作業、業務について、自信を持って対応できるようになることが必要である。自信を持つということは、楽観視するのではなく、その作業、行為を間違いなく行えることの根拠を持つことである。オリンピックにおいてメダル争い、熱闘を繰り広げられているが、アスリートたちは、日々の練習の積み重ねから目標たるメダルを獲得すべく、その練習の成果を発揮するわけである。しかし、多くのプレッシャーからその実力を発揮できず、その練習の成果を発揮できないアスリートの方が圧倒的に多い。一つのちょっとしたミスが命取りになる。製薬企業においても、従業員一人一人が、楽観バイアスに陥ることなく、ストレスがなく、その能力を十分発揮できる環境の中で、自信をもってその業務を遂行できれば、ヒューマンエラーを防止でき、GMP違反や回収に至る事例もなくなるであろう。

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執筆者について

中川原 愼也

経歴

GMPコンサルタント
1984年神奈川県庁に入庁し、1997年国立公衆衛生院(現在の国立保健医療科学院の前身)でGMP研修を受講後、薬務課及び小田原保健所等で医薬品等の製造販売業、製造業の許認可、審査、指導を主にGMP・GQPリーダー査察官として16年にわたり活躍した。その間、MRA(日・欧州共同体相互承認協定)の締結の際のEUの調査、2005年の製造販売承認制度の施行に携わり、PIC/S加盟にあたり、厚生労働省の委員等委嘱を受け、次の活動に参加した。
平成20、21年度 GMP/QMS調査・監視指導整合性検討会委員
平成21、22年度 厚生労働科学研究~GMP査察手法の国際整合性確保に関する研究
2012年に神奈川県庁を退職し、医薬品原薬輸入商社であるコーア商事株式会社で、品質保証部長として国内管理人としてのGQP取決め及び医薬品製造業としての GMP管理を統括した。2015年から株式会社ファーマプランニングにて、GxPコンサルタント業務に携わる。2017年高田製薬株式会社に入社、大宮工場の製造管理者、品質統括担当参事を経て、2021年より生産本部顧問に就任。同年より中間物商事株式会社品質保証部部長として勤務。
2021年11月より、共和薬品工業株式会社鳥取工場品質保証部長となる。
2022年4月からGMPコンサルタントとして独立したが、2023年2月硬膜動静脈瘻に疾病し、言語障害となった。退院後、自宅にてトレーニングし、完治。8月にネオクリティケア製薬株式会社品質保証部に入社、従来通り活動をしている。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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