GMPヒューマンエラー防止のための文書管理【第48回】

リスク

1.楽観バイアス
 コロナ禍で、オリンピックが開催され、人々に楽観バイアスが広まり、危機感が薄れていると報道されている。楽観バイアスとは、「人間心理に関する用語で、物事を自身にとって都合よく解釈してしまうこと。「認知バイアス」の一種であり、危険な物事を目にしても自身には危険はないと考えてしまうことなどが楽観バイアスにあたる。日常生活における心理的なストレスを軽減するため、無意識に行われるとされる。」1)自分は、感染しない、自分は重症化しない、と根拠のない安心感から対策もせずに、行動しているのだろう。感染者の多くが、まさか自分が感染するとは思わなかった、などの発言をしている。
 私の経験だが、GMP査察で、リスクに触れ、事故につながる可能性を示唆すると、過去にそんな事故が起こったことはない、他でそのような指摘を聞いたことがないなどと聞き入れてもらえないことが多くあった。その製造所では過去に起きていなくても、多くの製造所で起きている違反事例や回収事例に共通する部分が多々ある。その点を尋ねたわけである。GMP違反として、バレないだろうと文書の改ざんやねつ造事件が起きている。改ざんやねつ造までしなくとも、文書を隠していることは多いはずである。査察官や監査員が求めた文書のみを提示すればよいと思っている製造所は多いと思う。文書を隠そうと考えたこと自体が、実は、自身で悪いことをしていることを自覚していることに他ならない。データインテグリティは、その文書、記録に嘘がないことを証明することにある。バレないだろうという楽観バイアスではなく、自分自身の行為に問題がないかの根拠を示すべきである。
 楽観バイアスは決して、悪いものではない。新たなチャレンジをする時、不安からストレスとなり、行動できないことにならないよう人間の自然な防衛反応ともいえる。恐怖から動けなくなることを防ぎ、自身を守る行動が取れるようにする。しかし、自分は大丈夫との考えから無謀ともいえる行動や無防備な状況になり、結果、まさか自分がとなってしまう。ヒューマンエラーの多くが、こんなベテランがどうしてこんなことをしたのかなど不思議に思う事例は多い。楽観視や自信過剰など、自分は大丈夫という気持ちがそこにあったはずである。ヒューマンエラー防止のために、自分は大丈夫である根拠が必要となる。それは個人に押し付けるのではなく、バリデーションの実施やCAPAの有効性評価、教育訓練の実効性評価などリスクマネジメントの考えに基づき、組織として、チームとして対応しなければならない。それが品質システムである。
 ヒューマンエラー防止のためには、従業員一人一人がその作業、業務について、自信を持って対応できるようになることが必要である。自信を持つということは、楽観視するのではなく、その作業、行為を間違いなく行えることの根拠を持つことである。オリンピックにおいてメダル争い、熱闘を繰り広げられているが、アスリートたちは、日々の練習の積み重ねから目標たるメダルを獲得すべく、その練習の成果を発揮するわけである。しかし、多くのプレッシャーからその実力を発揮できず、その練習の成果を発揮できないアスリートの方が圧倒的に多い。一つのちょっとしたミスが命取りになる。製薬企業においても、従業員一人一人が、楽観バイアスに陥ることなく、ストレスがなく、その能力を十分発揮できる環境の中で、自信をもってその業務を遂行できれば、ヒューマンエラーを防止でき、GMP違反や回収に至る事例もなくなるであろう。

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