ドマさんの徒然なるままに【第30話】


第30話:グッジョブ!

序章
このGMP Platform読者の中には、医薬品の品質保証(Quality Assurance:以下、QA)に従事している方も多くおられるものと思う。現在QAとして仕事なされている方は、QAという部署そのものが社内で認知されている中なので、筆者が実働していた状況とはかなり異なっているかもしれない。それをご容赦頂いて上で本話を読んで頂ければ有り難い。


第1章:古い話で申し訳ありませんが、QA認知度は低かったんです。
20年も前の2000年代初頭、日本の大手製薬企業は「三極同時開発」と銘打って海外進出を図っていた。一方で、欧米の大企業はM&Aによりメガ企業として新薬開発を加速しだした。GMPで言えば、本邦ではGMP省令が一通り認知され、製造業許可要件(2005年3月末までは製造業の許可要件でした)として運用されてはいたものの、“品質保証”という概念は未成熟で、“品質管理”*1との区別さえ曖昧と言わざるを得なかった。

そのため、QAという仕事、社内で必ずしも重要視されてはいない部署の感があった。会社にも依存するが、2005年4月の改正薬事法の全面施行前(最大は製造業と製造販売業の分離とそれに伴う全面委託、承認書の詳細記述であろうか)であったこと。ビジネス的には自社工場が分社化まで至らず地方工場の位置づけであったこと。そんなこともあって、現在で言うCorporate QAとSite QAという区別も明確ではなく、QAと言えば社内における生産・製薬関係のスタッフ部門のひとつで閑職という捉え方をされていたように思う。事実、定年間近(当時のことなので満60歳定年である)の方々が多かったことは否定できない*2

筆者、治験薬のQAからスタートし、その後に市販品も対応、さらに転職により会社も変わっているが、品質保証という仕事、傍から見るよりも遥かに辛い仕事である。肉体的にはともかく、精神的にはうつ病を発症してもおかしくないほど辛い*3。製造現場の者からすると、理屈や勝手なことばかり言って、デスクのPCに向かって一日過ごせばいいだけじゃないか。好きな時間に休憩したり、コーヒー飲んだりして。現場のような危険な作業もないし、CMCのようにデータの信頼性に注意を払う必要もないし、お気楽だね。さすがに面と向かって言われてはいないが、明らかに皮肉か嫌味と思われる言葉や態度は数知れず。陰口に至っては嫌と言うほど叩かれた。近くにいて丸聞こえなのを気づかずに言われたことさえあった。

まして治験薬のQAなど、社内での認識さえ無く、臨床開発部門からもCMC研究所からも開発を遅らせる、厄介な足枷と捉えられていた。同業務で味方となるはずの市販品対応のQA(特に現在で言うCorporate QA)からも、GMPの真似事をしている部署と捉えられていると感じることも少なからずあった。


第2章:QAのステータスはかなり向上したように思います。
あれから20年余りが過ぎ、QAという部署とその業務のステータスは格段に向上したように思う。それに伴って品質に対する意識も向上したか否かについては読者の判断にお任せしよう。

QA業務、基本的に褒められることは稀と言わざるを得ない。過去、QA仲間と話をした際に、「俺たちって、問題が無いことが当たり前、問題が起こればお前たちのせいだと言われるんだよなー。」と話したことが記憶にある。リスク管理の観点からは、発生することを未然に防ぐことが前提だから、「問題が発生しないようにするのがお仕事」と言われれば、その通りであるのだが、その努力や尽力を褒められることが無い(少なくとも乏しい)ということはモチベーションが上がらず悲しい。

そんな中でも、QAをしていて良かったと思う瞬間もあった。それらを簡単に挙げてみたい。読者の皆さんに当てはまるかどうかは疑問であるが、QAという業務に自信が持てなくなった際にでも、モチベーションを上げるための策のひとつとして、褒められたことでも思い出してはいかがであろうか。少なくとも、筆者は分かってあげたいと思っています。頑張りましょう!


第3章:監査で感謝されることだってあったんですよ。
本話では委託先監査あるいは委託候補先の選定監査に限定するが、監査員として訪問させて頂いた製造所から受けた言葉を紹介する。経験的には、国内よりも海外でのほうが明らかに多かった。これも監査という行為に対する認識の差なのであろうか。ふとそんな感じを受ける。

①    あなたは有能で素晴らしいQAだと思いますよ。
  米国共同開発先のオーディターと日本国内の委託製造先への監査に同行した
  際に、ランチ時そのオーディターから言われたコメントである。シンプルな
  言葉であるが、事実を明確に言うオーディターであったことから、かなりの
  褒め言葉と受け取った。「QAって重要な仕事なんだけど、友達が減るのよ
  ねー。」と続いたのが印象的であった。ちなみに、このオーディターは感じ
  の良い女性である。

②    あなたは大変プロフェッショナル(professional)な方だ。
  米国製造所の監査終了時に、応対してくれた相手先QA長から言われたコメ
  ントである。彼女の言った“professional”という言葉、技能だけを指すもの
  ではなく、その人間性や態度、指摘に対する的確性や公平性も踏まえた上で
  のコメントであったと理解している。

③    安いランチで有益なコンサルテーションを受けた思いです。
  前項とは別の米国製造所の監査終了時に、応対してくれた相手先QA長から言
  われたコメントである。単に不備を指摘するだけでなく、その改善策の提案
  込みとして伝えたことに同意、感謝しての言葉と理解している。

④    指摘だけ言う方は多いですが、具体的な提案をしてくれる方は少ないんですよね。
  国内製造所の監査終了時に、応対してくれた相手先QA長から言われたコメ
  ントである。理想論ではなく、当該製造所のレベルで対応可能な改善策を伝
  えたと記憶している。あくまで民間企業の監査である。お互いビジネスに立
  脚しての合意・納得の上で、結果的には“win-win”に繋がらなければ意味が
  ないというのが筆者の考えである。

⑤    指摘の理由が明確かつ的確なので改善の方向が見えて助かります。
  前項とは別の国内製造所の監査終了時に、応対してくれた相手先QA長から
  言われたコメントである。指摘内容も改善提案も前項とは異なっているが、
  相手QA長のコメントの意味するところは前項とほぼ同じと理解している。

⑥    勉強になりました。ありがとうございます。
  国内製造所の監査終了時に、応対してくれた相手先QA長から言われたコメ
  ントである。極めてシンプルではあるが、素直に心境を述べたものと思って
  いる。ちなみに、当該製造所、中堅の受託製造業者でGMP要件に対する認識
  が必ずしも十分でなかったことを踏まえ、求められる本質と実態との乖離を
  踏まえてかなり的確に伝えたと記憶している。
  筆者、監査を受ける立場としてもかなりの数を経験しているが、受ける立場
  での姿勢としてはこうあって欲しいと願う。この気持ちを無くして改善は図
  れないんじゃないでしょうか。


第4章:監査を受ける立場であっても向上意欲と協調を示すことはできるよね。
前章までは、監査員として実施する立場で受けた褒め言葉であるが、被監査の立場でも、モチベーションが上がるような時はある。数は少ないが、そんなシチュエーションを列記する。

①    あなたがそう言うのであれば、あなたを信じ、あなたにお任せします。
  ラップアップ時、指摘に対して私が責任を持って改善対応するという返答に
  対して言われた言葉である。指摘内容や数に拘らず、私を信じてくれたこと
  が嬉しかった一言である。

②    良く勉強していますね、ありがとうございます。
  提携先のEU-QPが曖昧なコメントをしたので、こういうガイドラインには、
  このように記してありますと伝えた際に受けたコメントである。正直なとこ
  ろ、「してやったり」と感じていた。ただハッキリ言おう。あんたもQPなら
  ば、ちゃんと勉強して言いなさいよ。指摘云々以前に、曖昧なコメントは不
  信感を抱かせ改善に支障が生じるんですよ。根拠ある、妥当なコメントこそ
  が改善の近道なんですよ*4

③    この会社にはあなたのような方がいてくれるので安心しました。
  受けていたこちら側のレベルが低かったということもあったが、オーディタ
  ーの言っていることが席上の担当者に十分に伝わっていなかった。これはマ
  ズイと感じて、“GMP通訳”のような状態でその都度補足説明をしていた。
  小見出しは、監査の最後に相手先のオーディターからのコメントである。
  ただハッキリ言おう。あんたもプロのオーディターなんだったら、受けてい
  る側の者のレベルに応じた表現で言いなさいよ。不備・不足に対する指摘は
  甘んじて受けるが、お互いのための改善が目的なんだから、相手に理解でき
  るように説明するのが、あんたの役目だよ。

④    おっしゃる通りです。
  米国企業からの監査でオーディターが当時の自社の方法が気に入らなかった
  ようであった。ステータス表示の色分けについてであったが、「誤解を生じ
  やすい。通常はこうする。」と切り出した。正直頭に来た。そこで、「弊社
  はこのやり方を長年続けてきており、それで問題が生じたことはない。
  むしろ、ご提案の方法に替えることでの手違いリスクのほうが大きい。そも
  そもcGMPとしてステータス表示の色まで規定してはいない。大事なことは、
  当該工場として手違いなく作業出来るようにステータス表示を区分し、SOP
  に規定して運用していればそれで良いはず。」と返した。すると、言い出し
  たオーディターの上司(こちらがリードオーディター)が一言。「おっしゃ
  る通りです。」と言って、部下を黙らせた。「要件の本質を見失うな!」と
  いう教訓のように思えた瞬間である。

⑤    前回から今日までにお休みを取りましたか?
  共同開発先から監査を受け、こっぴどく指摘を受けた。相手は米国のGMPコ
  ンサルタントである。上記の言葉は、その半年後の再監査でオーディターから
  受けた個人的質問である。「ご想像にお任せします。」と回答したが、「仕事
  上、色々な会社を見てきましたが、こんな短期間でこれだけ向上した会社を知
  りません。さぞかし苦労なさったでしょうね。」とコメントされた。再監査で
  改善が認められなかったら契約違反で訴える(米国企業なのでマジです)とま
  で脅された状況での再監査であった。筆者としては、ボロクソに言われたこと
  が悔しくして、せめて一矢(いっし)を報いて相打ちにしたいという思いで迎
  えた再監査であった。今にして思えば、これが筆者を“GMPのプロ”にさせた切
  っ掛けでもある。


第5章:なぜか社内で褒められることってないんだよねー。
もちろん、社内での仕事としての(社交辞令も含めての)褒め言葉も無い訳ではないが、なぜか極めて少ない。感想的に言えば、褒められているのかどうかさえ分からない。これって筆者だけではないんじゃないかと想像するが、いかがであろうか。以下に、褒め言葉であろうと想像しうる、数少ない言葉を列記する。言うまでもないが、あくまで結果が良かった場合だけである。そうでなきゃ滅茶苦茶悪口を言われるだけですから。

・   あの件、誰が処理した?
・   あの件、もう済んだのか!? 早い!
・   お疲れ様でした、上手いもんですね!
・   さすが●●さんですね。

普通じゃん、と言われればその通りである。心に刺さるような言葉や沁みるなーと感じることを言われたことは、残念ながら無い。


第6章:私はビジネスに立脚した民間企業の一監査員にすぎません。
誤解を招くかもしれないが、正直に言う。筆者は民間企業の製薬会社(製造販売業者)に勤める、単なるQAにすぎない(すぎなかった)。行政の査察官ではない。法規制へのコンプライアンスとしてのGMP適合性云々を言う立場だとは思っていない。あくまで製造販売業者として製造委託先における自社製品の品質を確保することを目的とした監査である。GMPコンプライアンス違反に該当せず、製品品質に問題がないのであれば、品質リスクに対して多少の不満足さ・不十分さがあっても改善してくれれば良い。そのためには、当該製品の物性・特性も踏まえ、また被監査工場の事情や状況も踏まえて改善してもらう必要がある。出来ないことを言っても意味が無い。委託製品の品質確保しうる最低限度の対応が出来るか否かだけが問題なのである。もし提案さえも出来ないか、受け入れられないと言うことであれば、それは取りも直さず、別の受託製造業者を探す必要が生じる。一変である。お互いに好ましい状況にはならない。“lose-lose”を避けるためにも、Good Suggestion (Proposal) をする方が得策である。ビジネスに直結するようなsuggestionやproposalとなれば、行政の査察官には許されない行為である。逆に言えば、民間企業どうしだからこその“win-win”の関係に結び付けたいという思いでの行為と考えている。それを分かって頂いた瞬間に喜びを感じるのである。そういった際に発せられた言葉こそが、 “お褒め”だと心密かに思っている。


終章:せめて自分自身を褒めてあげたいよね。
言葉や態度として褒められてはいなくとも、自分自身の中で褒めてあげたいという時は何度もある。そういう時は、帰宅の電車の中で「●●君(自分のことです)、今日はよく仕事をした。うん、頑張った。明日も頑張ろうね。」とモチベーションを上げていた。もちろん逆の場合もあった。そういう時は、「●●君、今日は今ひとつだったね。明日は頑張ろうね。」と反省するのである。少なくとも筆者は、そんな単純な人間である。だからこそ、QAをやれたんじゃないかと思っている。

「グッジョブ!(Good Job!)」、自分自身に言ったっていいよね。。。


では、また。See you next time on the WEB.
 

【徒然後記】
17年ゼミ
今年、米国東部に17年ごとの“周期ゼミ(periodical cicada)”が大量発生しているとのことである。その発生理由は諸説あり、いまだに解明されていないようであるが、筆者、たまたま17年前の2004年に遭遇している。同年5月、委託先候補の監査としてニュージャージー州のプリンストンに出張滞在していた。あの名門プリンストン大学のある町である。大学キャンパスを中心とした治安の良い、落ち着いた町であるが、(町自体は小さいが)大学の広大な敷地一帯にそのセミがごろごろしていた。体長は数cmの小さなセミなのであるが、その数、いやむしろ量と言ったほうが適切な表現かと思うが半端じゃない。正直、気持ち悪いとしか言いようがない。「足の踏み場が無い」というのは、こういうことを言うんじゃないかと思えるほどである。当然、地元の新聞も記事に掲載していた。これを17年ゼミと呼ぶことは、後日に知った。イナゴが異常発生し、その大群が畑を食い荒らすことは良く知られているが、このセミは畑を食い荒らすといったことはせず、むしろ自身が捕食動物の餌(人間でも食べれるらしい)となり、生態系の栄養として循環させているらしい。ただ、どうして17年周期なのか、しかも異常発生するのか? 我々のはかり知れない、自然の摂理があるのであろう。
ちなみに、“13年ゼミ”という13年周期のセミもいるらしい。どちらも不可解な素数。自然現象って不思議である。


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*1:従来、日本で言う「品質管理(Quality Control)」は、広義と狭義との
   線引きが曖昧であった。本年4月28日に告示された厚生労働省令第90号
  「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令の一部
   を改正する省令」(改正GMP省令)で初めて品質部門内における「品質保
   証業務
」と「試験検査業務(英語で言えばLaboratory Control)」とが明
   記されたと言える。

*2:当時は、現在で言うSite QAとCorporate QAを明確に区別して設置してい
   た会社は大手に限定されていたように思う。Corporate QAを信頼性保証本
   部などと称して、生産部門と分離し社長直轄に位置づけしだしたのは、
   2005年の改正薬事法の全面施行にともなうGQP施行に連動していたものと
   推測する。

*3:何を隠そう、そんな筆者も軽いうつの症状に悩まされていた。誰にも言って
   はいなかったが、抗うつ薬を服用していた。うつ病、マジメな人ほどなり易
   いと言われる。筆者がマジメかどうかは読者の判断にお任せするが、患者さ
   んの辛い気持ちについては理解できるつもりである。

*4:あくまで個人的な見解にすぎないが、米国企業(オーディター)はcGMPし
   か見ておらず、EU-GMPについては殆ど気にしていない。一方、欧州企業
  (QPを含むオーディター)は、EU-GMPの責任しかないためか、cGMPのこと
   を意識していない。ましてGMP省令のことなど、“何をか言わんや”である。
   背景に輸出入ということも関係してはいるが、悪く言えば、自分たちのGMP
   に対するプライドとも感じとれる。日本がPIC/Sに加盟する以前のことでは
   あるが、3極対応としてのGMPの使い分けもあって、本邦大手製薬企業の監
   査員が3極GMPの相違については一番詳しかった(残念ながら、本質を理解
   しているという意味ではない)ように思う。

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