ドマさんの徒然なるままに【第16話】



第16話:八つ墓穴・後編


GMPの向上が頭打ちになっているという工場から調査依頼を受けた金田二耕太郎、ヒアリングを実施したものの問題があるとは思えず頭を抱える。しかし何となく違和感をおぼえるのも事実。自分自身が工場の祟りにはまってしまったか、悩む金田二。金田二耕太郎の指摘事件簿、第3弾*1の後編。推測の域は出ないものの、プロとして説明せざるを得ない。さー、どうする金田二耕太郎。

《注》本話はフィクションであり、登場する個人企業は
   すべて架空のものです*2

【第六幕:調査報告】
タジミ製薬・本社工場の工場長室内で寺田工場長・磯川製造管理者を前に金田二が調査報告をしている。
 
金田二:これから調査報告を行いますが、突拍子もないことを言います。実のところ、確たる根拠があるわけではなく、推測にすぎません。ただ、そう考えると現状の頭打ち状態の説明が何となくつくというものです。
 
金田二:最初に1つ確認したいのですが、森品質保証部長は、部長になられたのはいつですか?
 
寺田工場長:私がここに来る1年前ですから、5年前だと思います。
 
金田二:やはり、そうですか。思った通りです。
 
寺田工場長:えっ、どういうことですか?
 
金田二:ずばり言いますと、森品質保証部長の真面目さと責任感が招いた結果という結論です。彼女がアクセルではなく、ブレーキとなってしまっているということです。以下が、その理由です。

そう切り出すと、金田二は淡々と説明を始めた。

その1:製造記録が提示することを前提としているくらい見栄えがいい。
見てくれのために記録を付けていると言えば言い過ぎになりますが、異常なまでの第二者確認といい、何のための第二者確認なのか理解に苦しむものまで拝見されました。試験検査記録については、設定規格に基づいた適正な判定という信頼瀬確保からも第二者確認は必須ですが、製造記録における“作業”に対する第二者確認はちょっと意味合いが異なると考えます。あくまで推測に過ぎませんが、QAサイドから「こう決めたんだから、こうしなさい。」という、重要工程に限定しない、ほぼすべての作業に対する一方的な押し付けのように感じてなりません。結果としてやっていることに越したことはなく、むしろ良いことであるので反論のしようはない。だからと言って、無理強いすることが、GMP組織としての運用として適切かどうかと言うと、長い目で見た場合、必ずしもそうではないのではないかと思います。作業するのは人間ですから、どこかで我慢も限界に達するのではないでしょうか。

その2:出荷レビューと承認の際に製造記録と試験検査記録に相まって衛生環境記録や
    校正記録等の関連記録の必要性の区別がなく、一律的にチェックすることが求
    められている。

原則論で言えば大変素晴らしいことなのですが、関連記録も含めて“すべて”としてチェックを求められると、QA内部でも反発があるんじゃないでしょうか。時間的にも無理があるようにも思えます。出荷のためには、この関連記録のチェックは必須。この記録については、結果だけでいい、これは不要 or 年度チェックで十分、といったクラス分けするなどして対応するほうがQA担当者も楽ですし、それで品質リスクはカバーできるように思います。

その3:バリデーション責任者をQA責任者がすべて対応するということが本当に適切
    な対応か疑問がある。

クオリフィケーションも含めて、バリデーション関係については、すべてQA責任者である森品質保証部長が対応しているとのことでした。正直、バリデーションという行為はともかくとして、技術的内容にまで森部長が把握できるとは思えません。技術的内容としての責任と文書化としての責任、さらにバリデーションという作業全体の責任など、それぞれの責任や承認を分担と言うか、区別をしても良いように感じました。むしろ御社のようなそれなりの品目数を抱え、作業が多い会社さんでは、実務とレビューの両側面の責任者を置いて、最終承認をQA責任者が行うといったスタイルのほうが現実的なような気がします。

その4:すべての変更管理の実効性評価が1ロットだけで済ませていることが本当に
    適切な対応か疑問がある。

変更管理自体は、承認書とのズレもなく、素晴らしいの一言です。ただ、変更実施後の実効性の確認のほとんどが直後の1ロットだけでした。複数ロット and/or 長期に亘って実効性評価が必要な場合について森部長に尋ねたところでは、「継続中の場合は、必ずしもお見せした記録に反映されていない場合もあるかもしれません。」とされました。どういう場合に、どこまでの評価を行うのかを予め設定しておくべきだと思いますし、そのほうが曖昧さなく、漏れや抜けもなく、むしろ関係者の負担は減ると思います。あくまで個人の印象なのですが、森部長、自分は数多くの変更管理を処理しており、実効性評価だってキチンとやっている。特に問題が発生しているわけじゃないのに。これ以上、私に何を要求するの!? あたかも、自身の完璧さが否定され、上げ足取りされて不本意といった感じを受けました。良かれと思っての提案のつもりでしたが、どうも気分を害された様子でした。

その5:逸脱の改善対応のほとんどがSOPの改訂とそれに伴う教育訓練に終始してい
    る。

これは多くの会社さんで見られる傾向なのですが、御社でも逸脱対応として、その改善対応がSOPの改訂と教育訓練に終始していました。確かに、些細な逸脱であれば、それはそれで個々には良いのですが、良く考えてみてください。類似のヒューマンエラーが頻発し、また対応がワンパターンということ自体に問題を感じませんか。こういう場合、原点に戻って、「逸脱とは何か? 逸脱の定義自体がおかしくないか?」とか、「単にSOP記述の問題なのか?」とか、「設定してある規定や規格の根拠は? それらは科学的に正しいのか?」という良い見直しの機会かと思います。またCAPAとの連動やマネジメントレビューにおける議論の対象に上げる題材にもなるような気がします。これまた偏見的な見方で、失礼な言い方になるかと思いますが、森部長、大きな問題に発展してもいないので現在のスタイルを変えたくないという本音が垣間見えます。

その6:SOPだけで品質情報等の処理も回収処理も実務として実行出来るかどうか
    疑問がある。

「品質等に関する情報及び品質不良等の処理に関する手順書」も「回収処理に関する手順書」もシッカリとしたものが設定されているものの、森部長の話では、実務上で発生したことはなく、また現状で発生する可能性も極めて低いということもあって、それらのモックさえ実施したことがないとの話でした。モックの実施については、GMP省令として要件化されているわけではないので、それだけを捉えた場合には違反でも何でもないのですが、これらの質疑応答で、何故か森部長、やや声を荒げて「問題あります?」っていう感じだったんです。あたかも、プライドを傷つけられたといった印象を受けましたね。悪く言えば、「私は絶対よ!」と言わんばかりにも受け止められました。こういう点、部下を筆頭に、GMP関連各部署の方々としては必ずしも良い受け止め方をしないんじゃないかと思えました。

避難マニュアルがあっても、実際の災害の際に対応できなければダメということで避難訓練を実施するはず。そういう意味では、イザという際に実行できないのであれば、たとえどんな立派なSOPであっても意味がない。それこそリスク管理なんじゃないですかねー。

その7:エンドレスな自己点検の指摘改善対応に至ってしまっている。
かなりキチンと自己点検なさっていますね。感心しました。しかし、その指摘改善対応が何となく通り一遍なんです。明確な証拠はないのですが、「いつまでにSOPを改訂し、教育訓練を実施する。」が圧倒的多数を占め、しかもその実効性評価がない。過去数年間に亘って同様の指摘と改善対応となっている事項までありました。ちょっと重い内容については、明確な改善エンドポイントが示されていないものまでありました。そういう意味では、本来のCAPAに至っておらず、失礼な言い方をすれば、何となく「実施記録を残したいがための自己点検」のようにも思えました。

自己点検の結果については製造管理者、工場長のお二人にも報告され、マネジメントレビューの一環としても実施されているものと思います。変なことを言いますが、重要事項について、森部長も含めて今後の対応などを関係者で十分に協議・相談はなされておられますか? 想像にすぎませんが、森部長としては、上司に当たるお二人に対しては「問題なし」として報告したいということが優先されているように思えてならないのです。間違っていたらゴメンなさい。

その8:教育訓練や文書管理という基本中の基本の詰めが甘い。
「教育訓練に関する手順者」や「文書管理に関する手順書」といったGMPの中でも基本中の基本と言えるSOP、もの凄くキチンとした記述で、その運用もSOPに則ってキチンと実施されていました。ここまでやられている会社さんはあまりない中で感服した次第です。ただ、表面上の運用ということではなく、それぞれの目的の原点として鑑みた場合、何か不自然さを感じたのです。

たとえば、教育訓練については、職員のクオリフィケーションという観点で、量(回数)ではなく質(それぞれの立場での必須要件)としてマッチしているか。

文書管理については、単なる物理的管理のみならず、保管文書の目的に沿った管理となっているか。文書によっては古書的に出し入れがほとんどないものもあるだろうし、文書によっては日常業務の中で頻繁に出し入れが発生するため作業効率を考慮した保管が必要になるものもあるかと思います。また文書によっては、コピーを要するものもあれば、廃棄処分が問題になるものもあるでしょう。

教育訓練についても文書管理についても、そういった区別がなく、一律的なんです。悪く言えば実用的ではなく形式的な運用のように感じました。もっと率直に言えば、教育訓練や文書管理の目的の原点を意識した運用よりも、現在のGMP組織には問題がないということを前提とした傍からの見た目優先の運用といった風に見えるのです。

全体として、
一言で言ってしまえば、「見栄え優先のやり過ぎ」でしょうか。森品質保証部長が悪いわけではないと思います。ただ、彼女の強い責任感、しかもQA責任者という任を預かり、QAの長という立場から、「こうあるべきだ」という観点で、レギュレーションに対するコンプライアンスということを超え、彼女の中での「コレもやらなきゃ、アレもしなくちゃ」という数々の事項が、GMP管轄下の製造管理・品質管理・品質保証といった担当者の方々に対して、「やらなきゃダメ、絶対よ」ということを押し付けてしまったのではないでしょうか。彼女に悪気はありません。むしろ意欲も熱意も人一倍からの結果だと思います。たまたま、それが現在の本工場においては「現状を顧みない無理強い」として映ってしまった。関係者の中から反発者まで生じてしまった。ただ、それを面と向かっては言えない。言われていること自体は正論ですからねー。ただ、じっと我慢しながら、ときに「工場の祟りだよ!」という陰口でこの数年が過ぎた。

QAとしての業務を部内の他のメンバーにも信頼してシェアし、肩肘張らずの対応を進めては、いかがでしょうか。レベルを下げるわけではありません。あくまで現状の運用はそのまま。必要事項については、他部門の関係者の意見も少しずつ前向きに取り入れる。そして全員合意の上で実践する。単にそれだけです。それだけで大きく変革すると思いますよ。

さらに、製造管理者および工場長というお二人の立場としても、彼女にすべてを託していれば問題ないとか、工場としてレベルアップしたいのだから仕方ないとか、悪い言い方をお許し頂ければ、人任せの対応をなさっていたんじゃないですか。Management ResponsibilitiesやQuality Cultureって言葉じゃないですよ。掛け声や看板や掲げることが大事なんじゃない。マイナス要因となる不良・不備・不十分・不正を検出でき、是正しうる機能を工場さらには会社全体として行うことができればいい。

あくまでお二人も含めた関係者全員がGMPの本質を理解し、この工場にマッチした身の丈レベルの運用を設定し、その上で自分たちができることを最大限に実践する。理想を追い求めることでもなければ、100点満点でなくなっていい。グローバル企業のような立派なことができなくたって、自工場や自社に見合ったものであれば、それで十分に有効なはずだし、むしろそのほうが効果的なのでは。それがすべてである。と同時に、それしかないですよ。言い過ぎであればお許しください。ただ、そう感じます。
 

【第六幕:回想】
タジミ製薬の本社工場をあとにし、帰宅途上の電車の中で、
 
金田二(心の中で):この工場の依頼、ホントに変な話だったなー。森品質保証部長に悪気があったわけじゃなく、むしろ仕事熱心さが招いた結果にすぎなかった。こんなこともあるんだよなー。他の会社でもあるよなー。凄い仕事熱心でやり過ぎの結果がマイナスになっちゃうなんてこと。より良くしたいとしたGMP運用が、いつの間にか理想論のSOPが先にあって、現実の作業はその理想的SOPに合わす羽目に至ってしまったり。記録も作業し易いかどうかよりも傍目を意識した査察・監査のための記録の付け方になってしまったり。もろ本末転倒になったりすることってあるんだよなー。その典型だよなー。大方は、しょーもない連中が多くて四苦八苦するパターンなんだけどね。これはこれで困ったちゃんだけどな。まぁー、いずれにせよ、少なくとも「工場の祟り」はないだろーけどな。推理小説の「八つ墓村」ならぬ、「八つ墓穴(ぼけつ)」ってところかな!? アハハッ*3
《筆者注》本話で述べたこと。かなり脚色はしているが、“ありがち”なことでもある。特に、真面目な会社ほど、“コンプライアンス”という標語を掲げて陥りやすい傾向にあると思われる。現在の自社のGMPレベルやPQS対応を自己満足することなく、ときには他人の意見も踏まえて客観的に偏見なく俯瞰することも必要に思う。そのような意味合いとして、ちょっとでも参考になれば幸いである。

では、また。See you next time on the WEB.


【徒然後記】
GMP Platformのアーティクル、monthly掲載という中で推理小説まがいのGMDP話をなるべく短編で書けるかどうか悩んでいる、ということについては、「ドマさんの徒然なるままに」の「第5話:X+Yの悲劇」の徒然後記に記した。サスペンス調の内容は背景や登場人物の説明などを加える必要があるため、どうしても長くなってしまうからである。そこで一話完結が無理ならば、前後編の2話ではとしてトライしてみた。それが、前15話と本話である。
なぜ、このタイミングでの掲載なのかと問われれば、筆者なりの理由がある。COVID-19パンデミックによる緊急事態宣言や外出自粛要請ということで、かなりの数の読者が在宅によるテレワークなのではないかと推測する。テレワーク、基本がPCを前にしての作業になるため、ちょっとした頭休め・気分転換が欲しくなる。ならば、教育的要素は薄くとも、休憩には打ってつけなものが良いであろうという、まことに短絡的な発想(ゴメンなさい)によるものである。
読者の皆様にとって興味深いものであったかどうかは測り兼ねるが、内容の“でき/ふでき”とは別に、結構苦労して書いている。
読者としてのご意見は、ログインすると記事末尾に「コメント」欄があり、自由に記入可能である。良い/悪いの区別なく、要望も含めて忌憚のないご意見を頂ければありがたい。少なくとも、皆様方のご意見は筆者にとっては有効である。でも、悪評ばかりだったら、どうしよう・・・。

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*1:第1弾:PTJ ONLINEコラム「GMDPおじさんのつぶやき」の第30話「犬神家の逸脱・前編」と第31話「犬神家の逸脱・後編」
第2弾:PTJ ONLINEコラム「GMDPおじさんのつぶやき」の第34話「QPが来りて指摘する・前編」、第35話「QPが来りて指摘する・中編」と第36話「QPが来りて指摘する・後編」
 
*2:と言いつつ、内容の一部については、脚色してはいるものの、類似の状況に遭遇したことがあったりしている。
 
*3:(天の声)なにが「アハハッ」じゃ。面白くもなんともないじゃに。
(筆者)これでも苦労して書いてるんです、失礼な。
(天の声)だったら、もう少し面白い話にするか、タメになる話にしなさい。
(筆者)それが出来たら苦労しないの。
(天の声)才能がないってことだねー、可愛そうな奴。
(筆者)あんたに言われたくない。
(天の声)あんたと違って、ワシは全能の神だからねー。
(筆者)無能の神だろ。
(筆者)ギャーーー!
 

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