医薬原薬の製造【第15回】

合成原薬の製造の工程である、抽出、結晶化について今まで述べてきました。反応工程についてまだ触れていませんでした。原薬の合成に使われる有機化学反応は星の数ほどあります。それらをすべて触れるわけにはいきません。そこで、別の切り口から反応工程について述べてみたいと思います。今回は原薬製造に用いる反応槽の材質と熱伝導について述べたいと思います。
 
 
GL
原薬の製造を実施する反応槽には、大きく二つの種類があります。一つはGL(グラスライニング)槽と金属反応槽(特にステンレス反応槽)です。
 
金属反応槽は、pH2以下の反応には腐食の問題があって使えません。ところが、有機反応には、HClやSOCl2、CF3SO3Hなど強い酸が良く使われます。実験室では、これらの酸性物質はすべてガラスのフラスコで使用されます。GL槽は、実験室のフラスコをそのまま大きくしたいという要望から生まれたものと考えることもできます。GL槽は、鋼(炭素鋼もしくはステン)の槽にガラスを1-2mm厚で焼き付けてコートしたものです。GL槽は実験室のガラス製フラスコと同じような感覚で使うことができます。
 
反応槽は、反応終了後次のバッチもしくは、次の反応を行うために、洗浄されます。実験室のガラス器具も、溶媒で洗浄した後、クレンザーとブラシでこすったり、あるいは、洗浄液で洗浄されます。GL槽も、同じように、反応で生成する化合物が溶解する溶媒で洗い、酸もしくは塩基の水溶液で洗い、そして最後に水で洗浄され、乾燥されてから次の反応に供されます。反応槽の洗浄バリデーションでは、一般的に洗浄前に実施した反応で残留している化合物が次の製品バッチ中に残っても毒性学的に問題がない濃度がクライテリアになります。これを満たすために、GL槽は、溶媒、酸、アルカリなどで洗浄されます。ところが、GL槽は酸には耐えますが、塩基には弱い性質を持っています。実験室のガラス器具を繰り返しアルカリ洗浄をしていくと、ガラスが摺ガラスのようになってきます。これはガラスの表面が塩基で侵されていることを示します。GL槽の場合も同様で、メーカーや仕様にもより異なりますが、熱アルカリ溶液では100% 表面が浸食されてきます。また浸食されると細かい結晶が浸食された部分に付着することがあって、洗浄が難しくなってきます。このように、GL槽は、アルカリの使用をメーカー仕様で許される範囲にとどめておくことが重要です。
 
GL槽で気を付けておくべきことに、静電気による放電によってライニングのグラスが割れることがあります。ヘキサン、トルエンなど静電気を帯びやすい溶媒を水の共存がない状態でGL槽で撹拌すると、溶媒は強度に帯電します。この帯電した静電気が放電してGL槽の中でバチバチと音をたてて、火花を飛ばすことがあります。反応槽を窒素置換していれば、安全上問題ありませんが、窒素置換が不完全な場合、放電でトルエンに引火することになります。このような放電現象は実験室でも起こります。実験室でヘキサンをガラスカラムで使用してシリカゲルクロマトグラフィーを行う場合、ガラスとヘキサンの接触により静電気が発生し、放電して火花を発生することがあります。これと同じことが、ヘキサンを撹拌しているプラントの反応槽で起きるのです。窒素置換しておけば火花が発生しても、安全上問題はありませんが、ライニングされたガラスの厚さは1-2mmと薄いので放電のショックで割れることがあります。割れると溶媒が外にもれ出ることになります。最近は、導電性酸化物を練りこんだ導電性GL槽も発売されています。トルエンやヘキサンなど、極性が非常に小さい溶媒を撹拌することが予想される場合、最初から導電性GL材料を設計に盛り込むことが重要だと筆者は思います。
 
GL槽を組む場合、ボルトとナットで締め上げていくわけですが、GL槽は素材がガラスですから、強く締め上げますと、やはり割れが問題になります。ボルトの径とトルクがメーカーから指定されてきますので、これを守って使用しなければいけません。
 
GL槽は、急激な熱の変化に弱い面があります。-60度まで冷却した液に室温の液を滴下するなどは避けなければいけません。滴下する液もあらかじめ冷却しておかなければいけません。また、槽を冷却するために液体窒素を直接槽に注入し冷却することはGL槽の場合不可です。ガラス層が割れてしまいます。一方、ステン槽の場合、液体窒素を直接槽に加えても全く問題はありません。
 
以上のようにGL槽は急激な温度変化に弱い性質がありますので、液体窒素を使う超低温での反応はできるだけ避けるべきだと筆者は思います。最近超低温を要求される反応も原薬の生産に使われるようになってきております。塩基性条件下で、ステン槽を使えば超低温の反応も可能ですが、酸性条件下で超低温反応を実施するのは難しいという理屈は理解しておくべきでしょう。プロセス科学者は、何も考えずにトリフルオロメタンスルホン酸を使った低温での反応を実施してしまいますが、製造現場の担当者からすると、この反応条件は避けたい、やりたくない条件となります。超低温設備+GL槽を備えている外注先もありますが、数は限られてきます。外注費用、外注の自由度、迅速性を考えると、価格、スケジュールを満足する外注先を探すのも難しい面があります。酸性条件+超低温の条件は、特殊な反応条件であって、避けるべきだと思います。

執筆者について

経歴 ※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

連載記事

コメント

コメント

投稿者名必須

投稿者名を入力してください

コメント必須

コメントを入力してください

セミナー

eラーニング

書籍

CM Plusサービス一覧

※CM Plusホームページにリンクされます

関連サイト

※関連サイトにリンクされます