再生医療等製品の品質確保のための要求事項【第6回】

 ここでは、再生医療等製品の製造における生産規模(バッチスケール)の設計に係る、ロットサイズ決定の考え方について概説します。また、参考として、我々(阪大 紀ノ岡研究室)より最近に発表された論文を参照して、考え方を示します。
 
●スケールアップとロット形成の考え方に係る細胞製造性
 これまでのお話しでも述べましたが、再生医療等製品を含む細胞製品の製造においては、生きた細胞を原料、中間製品、および製品として扱うため、細胞製造性を考慮した品質確保の観点に基づいて、製造方法および工程設計を行う必要があります。特に、商用生産を目的としたスケールアップに向けた検討では、細胞の時間依存性(時間とともに変化し、変化が止められない特性)に係る工数設計が重要になると考えています。
 前回でも述べましたが、治療を目的とした特定の細胞を原料とする製品の製造において、例えば培養タンクを採用した上工程の製造方法では、培地交換や継代操作等の追加工程が要求されると考えます。このとき、現状の多くの培地交換あるいは継代操作は、スケールアップのため、タンク容量を増やすことに依存して作業時間が増加します。細胞製品の製造に係るデザインスペースは、時間依存性により品質に影響が生じるので、一般的な医薬品製造(化合物)と比較すると、非常に小さいと考えます。そのため、工程変更を行わず、従来と同じ手順での容量拡大には制限が生じてしまうと想定します。
 細胞製品の製造では、細胞の時間依存性を考慮した場合、小容量による生産を並行して実施した方が、品質への影響(工数)を最小限にして、より均一かつ安定した品質が得られると考えられます。しかしながら、これらを同一ロットの製品としようとした場合、現状の考え方では、小分けで調製された細胞群を1つにまとめる必要があります。ここで、小容量の細胞懸濁液を1つにまとめる操作を行えば、大容量を取り扱うこと同じで、結果としてばらつきのリスクが生じてしまいます。本来、まとめの操作は、同一ロット内の製品品質を均一とするために必要な処理ですが、細胞製品ではばらつきの原因となります。一方で、小容量の並行生産品をそのまま製品にしようとすれば、品質検査に係る工程が煩雑となります。
 また、ロットサイズの決定では、下工程の、細胞懸濁液の分注(充填)操作における、各パラメータによる影響を考慮した、デザインスペース解析が重要になると考えます。複数のクライオチューブ(バイアル)に分注する充填工程において、1本目から最終本数までの品質のばらつきに関わる複数のパラメータ群が、同一製品として保証可能な範囲内で運用される必要があります。デザインスペースは、製品(対象となる細胞種や製品形態)により固有のものとなると考えるので、必ず検証を行う必要があると考察します。
 
 以下では、細胞製造のスケールアップを考慮した、製造方法および工程設計の考え方の事例として、我々(阪大 紀ノ岡研究室)の取り組みについて、参考として、紹介させていただきます。
 
●ヒトiPS細胞集塊の浮遊懸濁培養(上工程)における製造方法の検討
 ヒトiPS細胞の再生医療あるいは創薬応用には、10億から100億個以上の、安定的な細胞の供給が不可欠となります。そこで、東京女子医科大学 松浦勝久先生とエイブル社の3次元浮遊攪拌培養装置をはじめとして、iPS細胞用のバイオリアクター(培養槽)の開発が進んでいます。3次元浮遊攪拌培養は、高密度培養を達成できる反面、現状では、比較的頻度の高い培地交換を必要とします。同時に、iPS細胞は単独状態では維持できないので、細胞の集塊を形成させ培養を行います。そのため、継代手順として、一定期間ごとに集塊の分散と再形成の操作を繰り返す必要が生じます。これらの操作は、培養槽の大容量化、すなわちスケールアップの工程設計において、課題となると考えます。
 一般的な酵素処理による細胞集塊の分散と再形成では、培養中の集塊を濃縮・洗浄して回収し、酵素液下で分散させた後、再び集塊を形成させ培地に再懸濁しますが、この方法ではタンクの容量に依存して、異なる状態(例えば、濃縮前と濃縮後の状態)で槽内の細胞が分かれて維持される時間が長くなり、全体の品質におけるばらつきが大きくなる可能性が生じます。ばらつきが予め定められた工程のデザインスペースの枠を超えてしまうと製品として成立しません。そのため、細胞製造のスケールアップに向けた工程設計では、培養期間中において、全容量の移送(送液)を前提とした工程手順はできる限り避けることが望ましいと考えます。
 我々の日本医療研究開発機構(AMED)における事業(再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業)では、現在20リットルまでのシングルユース培養システム(培養槽と培養方法)の開発を進めています。開発の中では、iPS細胞培養の継代操作における、細胞の時間依存性に対する影響の少ない、全量送液を伴わない操作手順の検討を進めています。そこで我々は、下記の論文のような方法論を用いることで、細胞の時間依存性による品質のばらつきを回避し、スケールアップが可能な拡大培養(上工程)の製造方法が設計できないかの検討を進めています。
 
Nath SC, et al. Botulinum hemagglutinin-mediated in situ break-up of human induced pluripotent stem cell aggregates for high-density suspension culture. Biotechnol Bioeng. 2017 Dec 26. doi: 10.1002/bit.26526.
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/bit.26526/abstract/
 
 ボツリヌス菌由来の無毒成分でありヘマグルチニンは、E-カドヘリンが媒介する細胞間結合を選択的に切断するので、適切な条件下においては、細胞活性を低下させずに、大きくなり過ぎた細胞集塊を分解・破砕できます。培養槽内における、in situの集塊破砕は、従来の継代操作(濃縮・洗浄や酵素液との懸濁操作)を伴わない、スケールアップに向けた製造方法の可能性であると考えています。現在、操作手順の構築に向けた検討を進めています。

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