医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第41回】

発がん性試験

 これまで3回に分けてがん原性、発がん性の閾値、そして、TTCのお話にまで広げ、発がん関連の評価についてお話ししましたので、今回は発がん性試験について紹介したいと思います。
「医療機器の生物学的安全性評価の基本的考え方」(令和2年1月6日薬生機審発0 1 0 6 第1号 別紙)では、「最終製品の発がん性試験が必要であると判断される場合には、遺伝子組み換えモデルやOECD 試験ガイドライン453に記述されている慢性全身毒性と腫瘍形成性を評価する試験法が参考になる。」とあります。
 発がん性試験と言うと、ここで挙げられているOECD 453の試験を指すことが多く、昔から実施されてきました。一方、遺伝子組み換え動物を用いた発がん性試験はここ20年余りの間に確立された方法です。
 医薬品では、「がん原性試験ガイドライン」において、少なくとも6ヵ月以上継続されるような医薬品においてはがん原性試験が実施されるべきとされています(「発がん性試験」も「がん原性試験」も意味合いは同じです)。また、がん原性が懸念されるものとして、下記の4点が挙げられています。

 ✓  同種同効の医薬品にヒトにも関連すると思われるがん原性が知られている
 ✓  がん原性の懸念が示唆されるような構造活性相関がある
 ✓  反復投与毒性試験において前がん病変がみられる
 ✓  未変化体あるいは代謝物が長期間組織に停滞し、局所的な組織の反応や
   その他の病態生理学的反応を引き起こしている

 以上は医薬品における事項なのですが、医療機器にも当てはまると考えて矛盾はなく、基本的考え方にある、「最終製品の発がん性試験が必要であると判断される場合」とは上記のようなものと考えてよいかと思います。また、遺伝毒性に関しては、「遺伝毒性が明らかな物質は、他のデータがなければ、動物種を越えたがん原性物質であることが推定され、ヒトに対する危険性があるものと見なされる。そのような医薬品については、長期がん原性試験を実施する必要はない。しかし、その医薬品がヒトに長期間投与されるものであれば、初期の腫瘍性変化を見つけるために慢性毒性試験(一年までの)が必要である。」とされていますが、現実的には製薬企業の開発の方々にとって遺伝毒性陽性の医薬品候補物質は開発のドロップ対象で、抗がん剤などを除き遺伝毒性陽性でもあえて開発をすすめることはあまりないようです。

 基本的考え方にある、「遺伝子組み換えモデル」とは、発がんに関わる遺伝子、つまり細胞分裂に関わる遺伝子のうち、ブレーキの役割を担っている遺伝子を予め不活化したり(p53+/-欠損マウス)、アクセル役の遺伝子を導入したり(Tg rasH2マウス)して、がんを生じやすくした動物を用いた試験です。OECD 453のような発がん性試験に比べて、短期間でがんが生じますので、試験期間が短く(投与期間は26週程度)、高率にがんが生じることから、動物数も少なくて済むというメリットがあります。その他にも、イニシエーション・プロモーションモデル(二段階発がんモデル)や新生児げっ歯類試験が、医薬品の「がん原性試験ガイドライン」に挙げられています。
 一方、古典的な発がん性試験であるOECD 453は、慢性毒性試験と発がん性試験を同時に実施するというもので、慢性毒性試験の動物数は1群10匹以上で雌雄動物を用い、投与期間は12ヵ月、発がん性試験については、1群雌雄各50匹を1群とし、投与期間は24ヵ月です。そして、3用量程度の投与群と対照群を設定しますので、いかに大規模な試験になるか想像に難くないでしょう。
 ラットやマウスがしばしば用いられますが、2年間でだいたい半分程度の動物は寿命をむかえます。そして、これらのネズミは、かなり清潔な環境で、そして、気温も制御された環境で育ちますので、感染症で死亡することはあまりありません。そうなると、死因は腫瘍によることが多く、ヒトと同じです。1年を過ぎた頃から、朝、動物のケージを観察したら死んでいたということが始まり、それがあと1年間の投与期間にわたって続きます。そして、研究者は、すべての動物に発生している腫瘍を診断して、記録し、対照群と統計学的に有意な差があれば発がん性陽性という判定が下します。
 24週間(2年間)の投与方法ですが、注射での投与となると、できなくはないかもしれませんが、700回以上を1匹の動物に注射することになります。静脈内注射はまず困難で、皮下注射でもかなりたいへんです。私も慢性毒性試験のような研究で、長期にわたってラットに皮下注射し続けたことがありましたが、注射液が吸収されにくいものですと、皮下組織が徐々に硬化していき、注射針を刺しても曲がってしまうほどでした。したがって、一般的には餌や飲料水に混ぜたり、経口胃ゾンデで強制投与したりというのが考えやすい投与経路です。経口投与になると、腸管から吸収されることになりますので、全身循環にのる前に門脈を通って肝臓に入り代謝を受けます。食品添加物や経口医薬品の場合は、それで問題ないのですが、インプラントなど、体内に直接ばく露されるものが医療機器には多いため、直ちに代謝を受けるという経口でのばく露方法は、妥当性を考えておかないと意義の低い試験結果を得ることになりかねませんので注意が必要です。
 インプラントタイプの医療機器では、動物に24ヵ月にわたって埋植し続けるという試験設計が現実的かと思いますが、ラットの皮下埋植では、異物発がんという現象が報告されています。半年以上の埋植により、インプラントしたものから溶出した化学物質が原因ではなく、物理的刺激による発がんが生じる可能性があるということで、埋植による慢性毒性にしろ、発がん性試験にしろ、皮下埋植という経路を採用すると結果の解釈が困難になってしまいます。
 

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