過酢酸系除染剤を活用した環境表面の消毒作業の現状と展望

記事投稿:ニッタ株式会社 【PR記事】

過酢酸系除染剤を活用した環境表面の消毒作業の現状と展望

<PIC/S GMP ANNEX1改訂版 発出と除染について>
2023年4月7日のGMP Plateformに記事投稿した<PIC/S GMP ANNEX1改訂版 発出と除染について>にも記述しましたが、PIC/S:Pharmaceutical Inspection Convention and Pharmaceutical Inspection Co-operation Scheme(医薬品査察協定および医薬品査察共同スキーム) GMP Annex I 「無菌医薬品の製造」の2023 年 8 月 25 日に発効により、無菌環境での「消毒」における殺芽胞剤の活用が明記されました。
本文では、「殺芽胞剤」である過酢酸系除染剤を活用した環境表面のバイオ除染についてお話いたします。
 

<過酢酸系除染剤とは>
有効成分の過酢酸(peracetic acid:PAA)は無色で鼻を突く酢酸臭がある液体です。
過酢酸系除染剤は、一般的には過酢酸、過酸化水素、酢酸、オクタン酸、1-ヒドロキシ エチリデン-1・1ジホスホン酸(以下、 HEDPと省略)を含有する混合物※1としても知られており、過酢酸の持つ高い殺菌力はほぼすべての微生物、真菌、芽胞およびウイルスに対して有効です。
また、過酢酸は、ホルムアルデヒドや塩素系消毒剤に比べて安定性は劣りますが、分解後は人体に無害な「酢酸」になるため、残留毒性がなく、生物分解性に優れた特徴を有しています。
さらに、「第十八改正 日本薬局方 <消毒法及び除染法>」の項にも汎用される除染剤として収載されています。
 

<代表的な除染剤>
1.    ホルムアルデヒド※1

1890年代初頭にホルマリン蒸気による細菌や微生物の消毒効果が確認されて以来、使用されてきた消毒法です※2。現在では、ホルマリン水溶液を加熱して気化させる方法やパラホルムアルデヒドガスとして拡散させる方法が主流となっています。
これにより、ホルマリンは空間内で効果的に拡散し、浸透する特性を持っています。一方で、ホルマリンは人体に有害であり(発癌性)、劇物として指定されています。そのため、施設には強制排気装置を設置するか、中和分解処理を行った上で廃棄する必要があります。また、その拡散性/浸透性の高さから、対象エリア外へのガス漏洩を防ぐため、作業前には厳重な養生が求められます。
そのため作業者には多くの時間と労力が必要とされます。もちろん、除染中に対象エリア内に侵入することは非常に危険です。

※有効成分であるホルムアルデヒドは2004年6月に世界保健機関(WHO)に属する国際がん研究機関(IARC)の報告で「人に対して発がん性がある(Group 1)」と評価が変更されたことから、健康被害に繋がる有害成分として認識されるようになり、除染薬剤の選定においても過酢酸等の代替薬剤への移行が進んでいます。
 

2.    過酸化水素※1・3
過酸化水素も殺芽胞剤に分類され、高い除染効果を持っています。ただし、過酸化水素の除染では蒸気やミスト状で使用されるため、ホルムアルデヒドと比較すると拡散性は劣ります。
過酸化水素の殺芽胞能力は1970年代後半から知られており、初期には病院の設備や器具の除染に使用されました。そして1980年代後半にはアイソレータ技術が医薬品やバイオ医薬品業界で導入され、アイソレータの除染適合性に関する開発が進みました。
過酸化水素は「無色」かつ「無臭」であり、除染作業には濃度と時間を制御することで効果を発揮します。ただし、濃度6%以上の過酸化水素は劇物として扱われますので、除染中にはもちろん、作業者が対象エリアへ入室することや、作業者の取り扱いミスによる事故の危険性も高まるため、使用する際には十分な注意が必要です。
また、過酸化水素を高濃度で使用すると金属腐食や一部の床材においては火脹れ現象が生じて、施設にダメージを与えることが知られています。
 

3.    過酢酸
1990年代初頭から海外で殺菌消毒の目的で利用され、ほぼすべての微生物・真菌・芽胞・ウイルスなど広範な病原微生物に効果があるため、近年国内外で注目されている除染剤です※4
日本でも、「第十八改正 日本薬局方 <消毒法及び除染法>」の項に収載されており、再生医療等製品 や医薬品の製造現場などの高度な清浄度が求められる施設でのバイオ除染に活用されています。
また、過酢酸はPIC/S GMP ANNEX1基づく「殺芽胞剤」としても認められています。 
 

<初期の過酢酸除染>
かつての過酢酸による除染方法では、主流として薬剤を直接床に撒くか、専用の噴霧器で壁や天井など対象物に直接噴霧し、その後作業者が拭き取る手法が一般的でした。
しかしながら、過酢酸は強力な酸化力を持っており、結露による金属腐食の問題がありました。また、液剤を使用することで空間の湿度が上昇し、施設表面での温度差による結露が生じ、金属腐食を助長する可能性もありました。これらの理由から、施設や設備・器材への悪影響が懸念されていました。
さらに、除染エリア内での拭き取り作業は強い酢酸臭により作業者の目や鼻に刺激を与え、作業性を低下させる要因となりました。こうした過去の経験から、過酢酸系除染剤を用いた除染は敬遠される傾向にありました。
ただし、先述の通り、ホルムアルデヒドには発癌性や除染後の薬剤の中和が必要などの課題があり、また過酸化水素や塩素系消毒剤などは劇毒物を使用するため、作業では厳重な養生が必要であり、残留性の問題もあります。これらを考慮すれば、過酢酸による除染作業は残留毒性がなく、軽装備で除染中でもエリア内に入ることが可能であり、簡易的な養生で作業時間を短縮できるなど、多くのメリットもあります。
 

<生まれ変わった過酢酸除染>
私たちは、除染薬剤として、他の除染剤に比べて安全性が高い過酢酸のメリットに注目してきました。その結果、過酢酸のメリットを最大限に生かし、課題を解決した製造施設向けの広域過酢酸除染 システム「FOGWORKS〈フォグワークス〉」を開発しました。
この装置の開発において、解決した課題は「金属腐食」と「酢酸臭」の軽減であり、施設作業の安全性と作業者の利便性向上に力を注ぎました。

過酢酸は微細なミストとして噴霧して使用しますが、単に噴霧するだけでは、空間の湿度が高くなり結露が生じて、金属腐食のリスクが高まります。
しかし、薬剤ミストを平均粒子径10μm~30μmで噴霧し、環境湿度センサーで監視し空間の湿度管理を行うことで、以下の2つの効果を得ることができました。
まず、結露を軽減することで、金属腐食のリスクを極めて低くしました。
資料1では腐食しやすい銅片でさえ腐食を示す緑青の形成は確認されませんでした。
次に、薬剤の拡散性を向上させました。
資料2では、複雑な構造の施設で純水のミストを発生させ、環境の湿度制御をしながらサーキュレーターでミストを拡散し、複数のポイントに設置したパーティクルカウンターを用いて、環境中のミストの粒子径ごとの濃度変化を計測しました。
その結果、噴霧器から遠い地点では、湿度の向上は見られるものの、パーティクルカウンターで測定する微粒子数が少なくなりました。このことから、ミストは蒸発しながら拡散してゆき、噴霧器から遠い地点でも結露リスクを軽減でき、除染に必要な有効成分はサーキュレーターの風に乗って拡散していると考えられ、この方法の有効性が確認できました。実際の薬剤を使用した評価と合わせ、薬剤が微細なミストとして各場所に運ばれることで、高い除染効果を得られることも確認しています。
過酢酸の作用機序は、各種ラジカルが関与しているとされていますが、ラジカルが遠距離を飛散するかどうかは明確ではありません。ただし、私たちの実験により、空間中に微細なミストが拡散し、薬剤が各所で効果を発揮している可能性が示唆されました。

また、酢酸臭に関しては、クリーンルームで使用される専用のガス除去装置の開発に取り組みました。
この開発の理由は、過酢酸の安全性は高いものの、完全な排気設備のない施設も多くあり、除染作業終了後に酢酸臭による作業者への負担を軽減する必要があったからです。
通常、クリーンルームでは浮遊微粒子の清浄度管理を行われているため、酢酸臭の吸着や回収に際しては、装置からの排気による環境への粒子汚染の抑制も必要でした。

私たちニッタはエアフィルタメーカーでもあり、またパーティクルカウンターなどの環境モニタリングにも長年携わってきた経験があります。その経験を基に微粒子やガスの除去装置である「FOG-Qdeo(フォグキューデオ)」を開発しました。
この装置はHEPAフィルタとケミカルフィルタの2種類のフィルタを搭載しています。
HEPAフィルタは、0.3μm以上の粒子に対して高い捕集能力があり、除染作業後のクリーンルームの清浄度低下を抑制します。
また、ケミカルフィルタは過酢酸や薬剤に安定剤として配合されている過酸化水素を分解して無害化するとともに、酢酸臭を吸着します。この装置により、除染作業終了後に環境の清浄度を低下させることなく、目や鼻への刺激や酢酸臭を伴う残留ガスを吸着・回収し、早期の室内環境復帰を実現します。
以上が、私たちニッタが開発した生まれ変わった過酢酸除染システムである「FOGWORKS」とその補完装置である「FOG-Qdeo」の概要です。このシステムは広域での除染作業において、過酢酸の優れた特性を活かし、効果的かつ安全な除染を実現することができます。
 

 

 

 

<HEPAフィルタの除染を可能にした最新技術>
私たちの過酢酸系除染剤の微細ミスト噴霧と湿度管理による除染方法は、先述のように過酢酸の高い除染効果と安全性を有しながら、金属腐食リスクを軽減でき、短時間でのバイオ除染を可能にしました。
しかしながら、バイオセーフティキャビネットやアイソレータなどに装備されるHEPAフィルタ等の高性能エアロゾルフィルタの除染には課題がありました。
そもそもHEPAフィルタは0.3μm以上の粒子に対し高い捕集能力を有するエアロゾルフィルタです。そのためバイオ除染時に平均粒子径10~30μmで噴霧された微細ミストを含む気流をフィルタに通す場合に、エアフィルタはこれら除染剤のミストを高い効率で捕集します。
ミストを捕集したエアフィルタに通風すると、フィルタの圧力損失が上昇し、フィルタろ材のプリーツ構造の変形や、フィルタユニット部材の黄変・劣化、さらに捕集した液滴が乾燥するまでの間に酢酸臭が放出されるなどの不都合が生じる可能性があります。
そこで私たちは蒸気化過酢酸(VPA)除染システム(以下、VPA除染システム)を開発しました(写真1)。このシステムは過酢酸のミストを発生することなく蒸気化してバイオセーフティキャビネットのHEPAフィルタを介して循環させ、HEPAフィルタを含めた庫内の空気循環経路全体を除染するシステムです。
除染効果の検証は、「JIS K3800 2021附属書B 除染及び除染方法の評価 B.2除染方法の評価」に準拠したバイオセーフティキャビネットの除染評価法に従って行いました。その結果、バイオロジカルインジケーター(CROSSTEX社製, 型式TTS-0, 菌種G.Stearothermophhilus, 菌数2.0x106)を死滅させることができ、既存の除染方法であるホルムアルデヒドや二酸化塩素ガスによる除染方法と遜色ないことを確認しました。
除染時間は2~3時間で、除染後は酢酸臭を専用のガス除去装置で回収するため、養生を除去しても強い酢酸臭が設置エリアに充満することもありません。
このシステムにより、過酢酸の安全性と有効性を確保しながら、確実なバイオセーフティキャビネット の除染を実現しました。

<蒸気化過酢酸(VPA)除染装置 【VPASS:ヴイパス※5】のご紹介> ※特許第6811910号
新しいバイオ除染方法であるVPA除染システムは、除染成否の指標として用いられるバイオロジカルインジケーター(以降、BI)よりヒントを得ました。BIは、芽胞が付けられたディスクやストリップの外側を不織布で覆われている構造をしています。図1にBI構造の模式図を示します。BIは不織布で覆われているので、ミストが透過するとは考えにくく、BI中の芽胞へのバイオ除染効果はミストではなく、蒸気化過酢酸(VPA:Vaporized Peracetic Acid)が影響していると考えました。
蒸気化過酢酸(以下、VPA)を用いてバイオ除染を行うにあたり、解決しなければならない課題として、ミスト発生装置を使用せずに、VPAを効率的に発生させること、VPAは分解しやすく存在時間が短いこと、VPAは空気より重いために下部に滞留することがあげられました。それらの課題を解決したVPA式除染装置「VPASS〈ヴイパス〉」を開発し、検証を行いました。
写真1はVPA式除染装置(以下、VPASS)を接続したESCO社製安全キャビネットESC-AC2-6N7のバイオ除染中の写真及びその排気部の写真です。バイオ除染中は常に排気HEPA部よりエアを吸引し、VPAを添加したエアをワークエリアに導入するように設計しました。また、開発したVPASSはバイオ除染対象の陰圧設定が可能であり、安全キャビネット内部を外部環境に対して陰圧でバイオ除染するので、薬剤の漏洩を抑制することができます。
陰圧にしない設定でバイオ除染した場合でも、バイオ除染対象の周囲では酢酸臭はほとんどせず、過酢酸濃度計は0ppmでした。開発したVPASSにより、先述の課題を克服しつつ空気の流路の全てにVPAが流れるため、HEPAフィルタを含めた安全キャビネットの内部全体をバイオ除染することができます。
VPASSで安全キャビネットをバイオ除染するときの標準作業フローを表1に示します。
装置組立のStep2からStep6の片付けまでを約4時間で終了します。Step5のガス回収工程でガス回収部に搭載するケミカルフィルタを用いて高効率でガスを回収するため、速やかに過酢酸、過酸化水素の分解及び酢酸の除去を行えます。酢酸臭は臭いの感じ方に個人差があるため、さらに酢酸臭対策が必要な場合は、ケミカルフィルタ及びエアフィルタを搭載するFFU(Fan Filter Unit)を設置して除去することをお勧めします。
写真2にFFUの例として、FOG-Qdeo(ニッタ㈱)を示します。
 先述したVPASSを使用したバイオ除染の評価として、「JIS K3800 2021附属書B 除染及び除染方法の評価 B.2除染方法の評価」に準じた試験を3種類の安全キャビネットに対して実施しました。
BI及び培養液はMesaLabs社製のHMV-091(菌種G.Stearothermophilus)、PM/100を使用しました。図2にバイオ除染の模式図及び①~⑥の1対のBI設置位置を示し、表2に評価した安全キャビネットの詳細及び評価結果を記載しました。評価した全ての安全キャビネットに対して「除染成功」の判定が確認できました。安全キャビネットの除染時間は2~3時間であり、ATI社製過酢酸ガス濃度計にて測定した過酢酸濃度を用いてCT値を計算すると、全ての評価においてCT値(ppm×h)は100以下でした。ホルムアルデヒドガスによるバイオ除染のCT値7,200以上※6と比較すると非常に低濃度の薬剤でバイオ除染が可能であることが分かります。また、今回の試験によって、安全キャビネット内の結露及び金属腐食はありませんでした。

<まとめ>
従来、数十年間ホルムアルデヒド(ホルマリン)を環境除染に使用してきましたが、WHO(世界保健機構)などの調査でホルムアルデヒドの発癌性が確認されて以降、医薬品の製造環境の除染に使用することが困難となりました。
2008年3月に施行された「特定化学物質障害予防規則」の改正により、日本国内でも、ホルムアルデヒドガスを使用した室内除染から代替法への切り替えが進んできました。
さらに、近年では欧米向けの無菌製剤の生産工場でも、ホルムアルデヒドの使用が難しい状況にあります。しかし、ホルムアルデヒドに代わる代替薬品が未だ明確になっていないこと、代替には投資や時間がかかるなど様々な理由から、国内向けには規制範囲内でまだ使用ができることもあり、対象物質及び環境への負荷が大きく、さらに残留や腐食性の問題があるなか使用が継続しており、依然としてホルムアルデヒドを使用した除染作業を行っている生産工場も多いのが現状です。
日本はPIC/Sに加盟しており、今後欧米のGMPに準じた生産体制や品質保証体系が求められるため、欧米と同様にホルムアルデヒドからの脱却が加速していくでしょう。
その際に、安全性が高く、確実で品質を維持できる新しい除染方法の選択肢として本内容をご参考にしていただければ幸いです。
 

 

 


<出典>
※1 GMP Platform (gmp-platform.com)<PIC/S GMP ANNEX1改訂版発出と除染について>
※2 日本医史学雑誌 第16巻 第4号 1970年12月30日発行
※3 PDA Journal of GMP and Validation in Japan Vol. 19, No.2(2017)
※4 食品と開発 Vol. 51 No. 2
※5 Vaporized Peracetic Acid Sterilization System (蒸気化過酢酸殺菌システム)
※6 JIS K 3800 2021 バイオハザード対策用クラス II キャビネット
 

製品に関するお問い合わせ: https://www.nitta.co.jp/product/biojyosen/

 


【事業内容紹介】
 ニッタ株式会社クリーンエンジニアリング事業部では、インダストリアルクリーンルーム(ICR)やバイオクリーンルーム(BCR)の環境を生み出す空調用フィルタの製造、浮遊微粒子・浮遊微生物等の環境モニタリングシステムの構築、過酢酸を用いたバイオ除染の要素を組み合わせることで、無菌環境構築・維持管理におけるトータルソリューションの提供を行っています。

せひ、本記事をきっかけに、現場の運用にお役立ていただければ幸いです。
詳しくはPDF データを参照してください。

 

 

<連絡先>
ニッタ株式会社
クリーンエンジニアリング事業部 ライフサイエンス推進チーム
過酢酸除染システム | ニッタ株式会社 (nitta.co.jp)

 

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