新・医薬品品質保証こぼれ話【第26話】

執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話

“想定外”への対策とリスク分散

今年(2023年)3月に行われたWBC(World Baseball Classic)は、日本代表チーム“侍ジャパン”が決勝戦でアメリカを3対2で破り、三度目の優勝を全勝で飾り、3月21日に幕を閉じました。この大会、決勝ラウンドはアメリカフロリダ州マイアミのローンデポ・パークに場所を移して行われましたが、このときの東京からフロリダへの移動は、出発日時等未公開でチャーター機により行われました。この移動、選手全員が一つの航空機に同乗しての移動と推測されますが、その場合、万一、不測の事態が起きれば、現在の日本を代表するスター選手を一瞬にして失うというリスクが潜在していたことになります。

こういった重大なリスクを低減するための手法として“リスク分散”という考え方があり、様々な領域に適用されています。上記のような場合は二つの航空機に分乗するといった対応が、それにあたります。身近なところでは、株式投資において、投資先銘柄を複数で構成し(ポ-トフォリオ)、投資リスクを小さくするといった考え方などは、その典型的な事例と言えるでしょう。また、企業が一つの事業に特化すると時代の趨勢・変化の中でその事業に翳りが見えた場合、企業存続の危機に直面するといったこともあり得ます。そのために、企業経営が順調に推移している状況下に先行投資を行い、第二の事業、さらには第三の事業の柱を建てる準備を進める、といったことが行われますが、この対応もリスク分散の考え方に基づきます。

翻って、医薬品生産に目を向けると、この領域も例外ではなく、医薬品の安定供給の確保に向けて、“リスク分散”の考え方に基づく様々な対策が講じられてきています。抗生物質や輸液など、日常の医療に極めて重要となる医薬品(Key Drug)の製造所を、大きな地震や水害などの自然災害に備え、たとえば、関西と関東の二か所に設置するといった対応はその代表的な事例と言えるでしょう。このようなリスク分散を含めたリスク対策も、今後はよりグローバルな視点から、想定される多様なリスクを視野に入れて行う必要があるようです。

世の中は情報技術(IT: Information Technology)の進展にともない、この10年でグローバル化がさらに進み、それに伴い、新型コロナウィルスによる世界規模の感染拡大(パンデミック)やロシアのウクライナ侵攻(戦争)など、予期しないリスクに見舞われています。従って、医薬品の安定供給に関しても、こういった地球規模の様々なリスク(グローバルリスク)を想定した対策が求められます。グローバルリスクとしては上記のほかに、異常気象、地経学上の対立、経済格差、天然資源危機などが挙げられますが、こういった状況の中で“想定外のリスク”が発生する可能性もより高くなってきていると考えられます。

このような情勢の中で、医薬品の生産を安定させ安定供給を確保・維持することは容易ではありません。“リスク分散”はこういった想定外のリスクを未然に回避し、或いは、低減するための有効な手法の一つと考えられます。原薬の安定確保に際して複数の供給先を確保するといった対応は、このリスク分散の考え方に基づくものであり、すでに実践されてきていることは周知のとおりです。また、最近、重要な中間体や原薬の国内生産化(国内回帰)の動きも見られますが、こういった対応も、海外原薬との併用を視野に入れた場合の“リスク分散”と捉えることができます。
 

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