私が経験したあれやこれやの医薬品業界【第4回】

2021/04/30 その他

鴫原 毅

1997年に旧第一製薬(現第一三共)海外事業部門から研究開発部門に異動しました。江戸川区の東寄り、本社との距離は地理的にも情報やカルチャーの面からも少なからず距離を感じました。私の部署は研究開発戦略、研究開発予算管理など、統括的な研究開発管理部門でしたが、その当時、自社研究開発の新製品が出ていないことが経営会議の議題になるようなタイミングで、難しい部署に来てしまったというのが本音でした。本社から来たスパイのように見ていた人もいたかもしれません。素人が研究開発の資源配分をできるのか?いったい会社は何を考えているのだ、そう感じた人もいたはずです。自分に何ができるだろうか考えざるを得ません。研究開発部外者の視点で何か変化を起こせないか、それが自分に課せられた課題だと考えました。まず勉強でした。そして、多くの人が本当に研究開発の右も左もわからなかった私を厳しく、優しく鍛えてくれました。
研究開発型製薬企業の競争力の肝は勿論研究開発です。研究部門で創製した、病態に作用する“物質”は当然重要ですが、その”物質”に有効性、安全性、品質などのデータと情報という高度な付加価値がついて医薬品となります。臨床現場で有用とされる、この付加価値の付け方が製薬企業の競争力だと思います。研究部門、臨床開発部門はもとより、製剤開発、知財などの部署、さらに市販後調査部門などの多くの人と毎日、議論をしながらの仕事でした。

その仕事の中で印象深い仕事の一つがNPVの導入でした。投資判断の指標となるNPV(Net Present Value)の概念を研究開発製品プロジェクトの意思決定に応用し、各プロジェクトの事業性評価価値を数値化して、どのプロジェクトに優先的に経費投入するかを決める手段です。プロジェクトごとの成功確率を加味したRisk-adjusted NPV(あるいはExpected NPV)は今でも、医薬品開発投資判断に使われています。メルクなどの米国企業で始まり、それを導入する日本企業が出てきました。欧米大手のように多数のプロジェクトが走っている中では非常に有効な手段だとは思いましたが、少数のプロジェクトしか持たない日本企業で果たして有効なのか、自分の中では試行錯誤という位置づけでの導入でした。また、命と健康に貢献する薬を一般消費財のビジネスと同様に、売上と利益だけを基にしたNPVによる投資判断に、疑念や抵抗感を持つ人もいたと思います。
一方、複数のプロジェクトの中で、なぜこのプロジェクトを優先するのか、なぜこのプロジェクトの開発を中止するのか、経費投入判断の“可視化”が必要でした。そこで企業戦略上や製品ポートフォリオ上の重要度、社会貢献度、などNPVでは反映されない要素も加味した指標を当時の部下が大学の先生と研究して考案し、可視化を図りました。
成功確率も全員が納得できるような数値を出すことは不可能です。欧米大手は一人の専門家が成功確率を判定するとのことでしたが、日本企業ではそのような仕組みは無理でしたので、チームを構成し、開発プロジェクト担当者にインタビューしながら成功確率を出していました。今ならば売上予測も成功確率もAIに任せて、客観的な指標だと主張できることになるかもしれませんが、当時は、悪く言えば鉛筆舐め舐めだと考えられてしまうケースもありました。研究者、開発担当者は自分のプロジェクトが成功するために日夜励んでいます。逆に、成功確率などが念頭にあってはいけないと思っていましたので、あれこれ悩みながらの可視化でした。

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執筆者について

鴫原 毅

経歴 1978年に第一製薬(現 第一三共)入社以来、約30年に亘り、米国および中国駐在、ファインケミカル子会社での海外販売も含め、主に海外事業を担当。
2007年に統合した第一三共ではアジアおよび中南米地域事業および欧米導出品目の収入責任者、その後、第一三共中国の董事長、総経理を務めるなど、医薬品国際事業に幅広い経験を持つ。
2012~2018年は、日本製薬工業協会国際部長として、主に欧米地域およびグローバルヘルスに関する国際的な業界課題対応を担当。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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