ドマさんの徒然なるままに【第24話】



第24話:医薬品開発の点と線・Part 2

Part 2のはじめに
前話Part 1では、医薬品(クスリ)とその品質について原点に戻って考えてみた。そして読者の皆様へのメッセージとして、クスリに対する自分のイメージを持つことの大事さと患者への思いやりをお願いした。それに加えて、筆者のクスリの品質に対する考え、『品質は安全性と有効性の源である』を伝えた。

本Part 2では、法規制に絡んでのクスリ、そしてその品質について触れてみたい。なお、項目番号はPart 1からの続きとして付けている。

7. ザ・コンプライアンス
本邦で言う“製造管理及び品質管理”、いわゆるGMPと称される法規制は医薬品の品質保証のベースのひとつである*1。ということは、コンプライアンスしなければいけない。だからと言って、個々の会社の(治験薬を含む)製品に対して規定されているわけではない。あくまで“general”としての一般論である。個別の対応については、自身(自社)の責任として取り組むべきことであるのは自明の理である。“コンプライアンス”という言葉は盲従(Blind Compliance)を求めるものではない。自身の責任として行動する際に必要なことは、製品の品質リスクを鑑み、科学的に対応することなんじゃないのか。そしてそれが本来の法規制としてのGMPの存在意義であり、各社にベストウェイを見い出すように促しているんじゃないのか。自身の考えもなく法規制だからやってるというのは、聞こえは良いが、なにかあればそれは当局の責任であり、自分のせいじゃないという、あまりに無責任で本来のコンプライアンスに相反する行動と言わざるを得ない。

本項で述べた内容、その詳細については、「第5話:X+Yの悲劇」で触れた。できれば、医薬品開発の視点から再度お読み頂きたい。

8. 医薬品開発プロセス
医薬品開発プロセス、続く申請そして販売、言葉にすると説明が長くなるのでイメージとして図示する。
 

 
申請を行い、製造販売の承認が得られれば製造し販売することができる。“開発”という段階と行為に限定すれば、承認されればその目的を達成したことになる。ただここで良く考えて欲しい。GLPとGCPについては、例外的な場合(市販後臨床試験、いわわるPhase 4)を除いて確かにそうである。GLPやGCPは、GVP・GPSPなどとして実施されることになる。特に、今般のCOVID-19ワクチン等に対するEUA(Emergency Use Authorization)は、あくまで緊急事態としての使用許可であり、接種や使用した者の経過観察が重要要件となる。

一方で、GMPはどうか。GMPの基本は市販製品に対するものであり、むしろ承認された時点が本来のスタートである*2。それはその製品の販売を中止するまで続く。これこそ製品ライフサイクルである。ただ現実には、開発した会社としての“製品の終結(Product Discontinuation)”が、他社に承継され新たなライフサイクルを迎えることになる場合もある。その意味で本当のエンドは、医療用医薬品であれば薬価収載からの削除の時となる。もっと分かり易く言えば、消費者(患者)の立場からした現実的エンドは、医療用医薬品のみならず一般用医薬品も含めて市場からその製品が消え失せる時である。

安全性・有効性と品質の根本的な相違はここにある。品質だってCMC研究所と実生産工場で部署が違うなんてくだらない話をしているわけじゃない。あくまで医薬品というものの三要素において本質的な違いがあるということをシッカリと認識して欲しいだけである。
 

9. 開発とは品質を設計し決定する行為である
前項で製品ライフサイクルの話をしたが、ICH Q10(Pharmaceutical Quality System:医薬品品質システム)のAnnex 2の図を良く見て欲しい。GMPのバーの開発部分には、“Investigational Products(治験薬)”と表記されている。GMPのバーの中に記載されているということは、治験薬の品質という側面での“治験薬のGMP”を指すものであり、これは取りも直さず、開発段階に相当する治験薬の品質が将来の市販品の品質を決定するもので、現在検討されているQ13やQ14も含めてQシリーズ(品質関係)全てのベースであると言っても過言ではない。
 

そもそもICHの使命は、『限られた資源を有効に活用しつつ安全性・有効性及び品質の高い医薬品が確実に開発され上市されるよう、より広範な規制調和を世界的に目指すこと』である*3。分かり易く言えば、医薬品開発における臨床試験(治験)におけるヒトの負担軽減と申請データの共有化であり、これが当初の目的であったと認識している。そのため、Qシリーズにおいても主には開発段階(承認申請データ)にフォーカスしてきた*4

それが崩れたのは、Q7(原薬GMPのガイドライン)が出された時点からである。本ガイドラインは基本的には市販製品に向けたものである。良い悪いを述べるつもりはない。ここで筆者が言いたいことは、医薬品の品質はあくまで開発時点における山ほどのデータに基づくものであり、開発段階のデータにより、製造方法や規格が設定される。Critical Quality AttributesやCritical Process Parametersはベースとしての指標であり、Quality by Designはそれらを基にした設計を、ましてDesign Spaceに至っては、その結果として決定されるというだけのことである。

言いたいことは、『医薬品における開発という段階は、品質を設計する時期に相当し、承認申請とはその品質が決定したことの報告である』ということである。
“品質屋”という立場からの言い過ぎをお許し頂ければ、以下の言葉となる。
 

10. 安定供給は開発段階から組み込まれる~新型コロナウイルス禍だからこそ
前Part 1の冒頭でも記したように、COVID-19ワクチンや治療薬の開発ばかりが取り沙汰される状況にあるが、病気は無数にある。その意味で、医薬品の研究開発者の戦いは終わらない。いや、クスリの目的である「病気を治す」ということでは、研究開発のみならず、製造、試験検査、保管、配送、そして処方・販売といったクスリに関わる全ての者の協力があってのこと。その戦いに終わりはない。

そんな中、小林化工(株)の経口抗真菌剤イトラコナゾール錠50「MEEK」へのベンゾジアゼピン系睡眠剤であるリルマザホン塩酸塩水和物混入による自主回収(クラスI)の公表と共に、当該医薬品による服用者の直接・間接的な健康被害、さらに死亡者発生が報道された*5。加えて、当該社だけでなく複数の会社の製品で承認書記載事項と異なる製造法による回収を筆頭に、様々な原因による自主回収が多発している。新型コロナウイルス禍の中で、医療従事者が自身の感染リスクをも顧みず、患者の救命のために戦っている今だからこそ、クスリに関わる者としては、通常以上に慎重かつ厳重に注意を払って作業し、回収だー、欠品だー、なんて事態を減らす。それが、クスリに関わる者として出来得る医療従事者への支援・協力なんじゃないのか。そして、それは患者さんや一般の方々に対して余計な不安を払拭することにもなるんじゃないのか。新型コロナウイルス禍にあっては、ヒトとしての「感染しないことで、他者に感染させないこと。」だけじゃなく、クスリに関わる者として「不良品・劣化品・回収品等を出さないこと、欠品を出さないことで、不安や不信を煽らない。」ことが求められる。医療従事者への支援・協力や患者さんへの安心供与は、必ずしも目に見えるアクションだけじゃない。関係者はもう一度胸に刻んでほしい。

安定供給は、品質保証と共に製薬会社の使命のひとつでもある。医薬品開発の段階ではあまり意識しない安定供給。でも良く考えて欲しい。製造方法や分析法も踏まえた設計品質の確立は、取りも直さず、品質をベースとした安定供給確保の土台なのである。部署は変わるかもしれない。担当者も変わるかもしれない。大事なことは、あなたの強い想いを開発中のクスリの中にDNAとして市販後にも繋げること。規制的な言い方をすれば、品質情報のリレーとも解釈できる。具体的には次話Part 3で述べるが、それが真の意味での医薬品開発だから。

ただ問題なのは、承認後いつの間にか、本話「7. ザ・コンプライアンス」で述べたGMPその他の法規制を形式だけ(小林化工(株)に至ってはGQPも含めて“見せかけ”でしかないと思われる)のものとしてしまう者(会社)が出現すること。探索から市販後の物流までを経験した筆者としては、正直情けない(政治家風に言えば、遺憾である)としか言いようがない。

11. あなたの視線の先は?
本話を読んでくださっている読者のあなたが、どんな仕事をしているのか筆者は知らない。医薬品開発という“クスリの前半戦”だけを見ても、探索的リサーチの方、治験薬関係の方、工業化検討の方、実生産工場の方、スタッフ部門の方など様々であろう。当たり前だが、その仕事はそれぞれの分野で息づいており、医薬品開発として重要な役割を担っている。どれひとつ欠けても困る。しかし前後の業務については多少見ていたとしても、全体を眺めたことは少ないのでは? 

失礼な言い方をご容赦願いたいが、大方の方は、筆者の過去がそうであったように、当事者としての自分の仕事の領域だけしか見ていなかったんじゃないだろうか。開発に関わっているから、申請や承認は見ている。たぶんそうであろう。では、市販後のことをどれだけ考えていますか? ましてその開発しようとしているクスリの患者のことをどれだけ見ていますか? ゼロとは言わない。でも「なんのために」、「だれのために」という本来考えねばならないことをどれだけ意識していますか? 

責めているのではない。普通はそうなのである。周囲が見えなくなるほど現在の仕事にどっぷりと浸かることも必要である。ある意味、研究開発関係に従事する者の宿命であり、それがあっての医薬品開発なのである。またそうでないと生き残れない世界でもある。ただ、ときに「クスリの目的・存在意義」を思い出して欲しい。そうでないと、研究開発者の暴走に至らないとも限らない。個々の業務は“点”でしかない。しかし点が繋がれば“線”となる。そして、その点の先、そう、あなたの視線*6の先には必ず患者が控えている。それがクスリなのである。

いみじくも、“Patient Focused Drug Development”が求められるようになってきた*7。患者を見据え、患者の自覚症状やご意見を尊重して医薬品を開発していく。当たり前じゃないと言われれば、その通りである。しかしながら、過去、筆者が研究開発に従事していた際もそうであったが、研究開発業務に勤しめば勤しむほど、“研究だ”、“開発だ”、として自分のモチベーションは上げても、患者をどれだけ意識していたかと問われれば、必ずしもそうでない自分がいた。漠然と患者さんのためにというだけで、今にして思えば、“focused”という意味合いからは少し外れていたように思えてならない。そんな反省の念も込めて、この原稿を認めている。

Part 2のおわりに
開発段階であっても、確認実験や実験テータの見直しを行うはず。そして、時には個別のデータだけでなく、全体像を見直して貰いたい。そして、その中には、前述のクスリとはなにか、クスリの品質とはなにか、クスリに関わる者としての使命とはなにか、も込めて貰いたい。

筆者、自分で言うのも何だが、業務としては研究開発関係が一番長かった。忙しいが好きであった。特に探索研究に至っては、ゼロから形あるものにしていくことが辛いにも拘らず、「これがクスリになれば」という宝くじを買った時のような気分(妄想か?)も加わり、時間さえ忘れてしまうときさえあった。研究者の方であれば 何となく分かって頂けるかと思うが、そこには麻薬的なものさえ秘められていた。その後、開発業務で治験原薬を造り、申請となり、承認を受ける。GMPも治験薬からスタートし、医薬品GMP、さらにGQPへ。その後、業種も変わってGDPへ。本Part 2で示した「医薬品開発プロセス」を地で行った。背景には、「百聞は一見に如かず。百見は一行(行動の意味)に如かず。」と言う筆者の考えがあった。良く知りたければ、“自分でやってみればいい”として転職までしてやってみただけ。お蔭で内部事情や実態を知ることができた。家内には迷惑をかけたが、自分なりには納得した次第である。そんな経験も踏まえて、次Part 3では、もう少し掘り下げて説明したいと思う。


では、また。See you next time on the WEB.

【徒然後記】
明けましておめでとうございます。
令和も3年目となりました。一方で、新型コロナウイルスはまだ収束が見えず、まだ世界中を混乱させています。英国、EUそして米国ではワクチンのEUA(Emergency Use Authorization:緊急使用許可)も含めて認可されているものがあります。本邦ではワクチンが申請中(2020年12月25日現在)で、特例承認であったとしても実際の使用はもう少し先になるかと思います。副反応については、アレルギー反応によるアナフィラキシーが数件認められていますが、多国での使用結果も踏まえて徐々に明らかになっていくものと思われます。他に、持続性についてはまだ不明なことや新型コロナウイルス自体の変異種も含めて考慮すべき点がまだ残されているように思えます。いずれにせよ、他のワクチンも追随していますし、また治療薬についても効果が明確になって行くものと思われます。私たち、クスリを業として生きている者としては、マスコミに流されることなく、しかし安易に楽観視せず、感染防止対策を継続し自衛していくことが大事かと思います。少なくとも、自分たちの力を信じて良い年にしたいものです。

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*1:本邦でのGMP省令の正式名称は、「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令である。
 
*2:本邦の治験薬GMP基準はGCP省令に紐づく局長通知である。一方で、米国・EUでは治験薬も法的には承認後医薬品との区別はなく、医薬品GMPがそのまま適用される。その理由は、本邦では、医薬品とは承認されたものを指し、未承認状態の治験薬(正確には被験薬)は、薬機法第80条二の第2項によれば「治験の対象とされる薬物等」とされているからである。医薬品の定義については、Part 1の「3. 法的な定義」を参照のこと。
 
*3:PMDAの「ICH 医薬品規制調和国際会議」ウェブサイトより。
https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0014.html
 
*4:ICH/Q1「安定性」、Q2「分析バリデーション」、Q3「不純物」、Q4「薬局方」、Q5「生物薬品の品質」、Q6「規格および試験方法」
 
*5:2名の死亡者が発生し、うち1名については因果関係は無いとのことではあるが、他に大勢の被害者が発生していることは事実であり、単純にヒューマンエラーや管理不十分では済まされない問題である。率直に言って、憤りしかない。
 
*6:「視線」と「目線」、どう違うのか気になりネット調査してみた。「視線」とは、目の向きや見ている方向を表し、「目線」とは、ものを見る立場または目の向き(視点に近い意味)を表すらしい。本話においてはどちらの意味も含まれていると言えるが、どちらかと言えば「視線」の意味合いが強いと思い、「視線」を用いている。逆に言えばあまり深く考えていない。SNSのような炎上はお許し頂きたい。
 
*7:“Patient Focused Drug Development”については、米国FDAの最終ガイダンス並びにICHのReflection paper(パブコメ用)が発出されているが、これらについては、下記のGMP Platformトピックスを参照のこと。
・2020年12月8日付トピック「ICH/Reflection Paper on Patient-Focused Drug Development for public consultation
・2020年7月21日付トピック「米国FDA/CDER Patient-Focused Drug Development
・2020年6月17日付トピック「米国FDA/Patient-Focused Drug Development: Collecting Comprehensive and Representative Inputに関する最終ガイダンス発出
  

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