小説、「夢工場からのメッセージ」。R 【第1章】

 
小説、「夢工場からのメッセージ」。R
 
目 次
 
1.その日の朝
 
2.公園を歩く
 
3.時を忘れて
 
4.冬の夜空
 
 
 
第1章 その日の朝
 
 
味気ないビジネスホテルの朝食...。
こんな殺風景な朝食なら、自分の家で妻と2人だけの朝食の方がまだマシだと、心の中で呟く。
2人の娘は既に嫁ぎ、やたら広く寒く感じるようになった自宅のダイニングでの朝食は、目新しい会話もないけれど、それでもビジネスホテルの朝食より美味しく温かい。
いつも、妻はパンとコーヒー、そして私はご飯。性格と同様に、食べ物の好みも全く違う。
面倒くさいと、時々、妻は愚痴を零すが、ご飯の方が君の愛情をより感じるのだと、苦渋のゴマスリであるが、私は大人しく返事をする。娘たちは無理して私のためにご飯を食べていたのだろうか。
かつて、ビジネスホテルの朝食は無料で活気があった。ホテルは豊富な食材の朝食が無料であることを「売り」にしていたはずだ。いつ頃だったろう、無料の朝食サービスがなくなって、なぜかしら逆に、ホテルの朝食は寂しく美味しくなくなった。尤も、輸入したインディカ種や中国産のお米なんて食べる気はしなかった。美味しいお米は価格面で高級料理向けになったのだろうか。新幹線、高速鉄道や地下鉄、路線バスなどが終日運転されるようになって、ビジネスホテルの利用客は激減した。
東京で開催されたオリンピックが世の中を大きく変えたと思う。安全で24時間稼働する都市、先進的で効率的な都市、美しい景観と清潔で思いやりのある社会、それらがオリンピックを開催する東京や日本全体のテーマであった。午前零時を過ぎて電車などに乗るときは個人別の電子セキュリティカードが必要となったが、街は遥かに安全となり、社会の動きや、人や物の移動は著しく高速となった。
私も昨夜、本社を出て、新幹線に乗ったのは午前零時を過ぎていた。夕方からの米国とのテレビ会議が長引いたからではあるが、日本の夜に、まだ朝の時分の元気な米国人と会議をするのはとても辛い。正直に言って、グローバル化なんて迷惑な話だ。"Global One"という会社の掛け声は美しいが、社員、特に日本人には夜は眠らせないと言うことか。時差がある以上、世界同時テレビ会議なんてあり得ないはずなのに、それを頻りにやりたがるミーハー的グローバル化には辟易する。
しかし、東京オリンピックの最終聖火ランナーが元メジャーリーガーのイチロー氏であったのには大いに驚かされた。確かに彼は、日本民族が神から授かった最高のアスリートであったと思う。
 
煙草を喫っている人も街中では見掛けない。会社でも、煙草を喫えるのは、指定された狭苦しい喫煙室と内緒で喫える空調機械室の中だけになった。喫茶店でさえ、煙草を喫える店は少ない。いや、喫茶店という呼び名さえ、若い人たちには死語同然だ。コーヒーショップやカフェという名前では、私たちの世代は気後れがして行く気がしない。
パチンコ屋がパーラーサロンと名前が変わってから、私も足を向けなくなった。公認の大規模カジノが出来てから、パチンコ屋も激減した。若者や、働き盛りの多くがカジノに行くようになり、パチンコ屋には爺臭いシニアしか行かなくなった。1台ごとにパーテーションで仕切られ、ゆったりと時間をかけてコーヒーを飲みながら、持て余す時間を消化する場所となった。定額のシート料を払うことになっているが、出てくるはずの銀玉は計数表示だけとなりドル箱を積むこともなく、従って、食事もその場で出来、テレビも雑誌も見ることが出来る。誰も、遊技場とも呼ばなくなった。かつての漫画喫茶のように、薄暗くて湿った空気の屋内で、パチンコ台を前に、昔の良き時代を懐かしむように、絶滅しつつある団塊世代の爺と婆が時間を過ごす、そんな「姥捨山」のような店には、煙草が自由に喫えても絶対に行きたくない。まだ仲間入りしたくない。カジノもパーラーサロンも日本には絶対に不必要だと思う。日本人は額に汗して物づくりに励む、それが一番美しく似合っている。特に、カジノは東京オリンピック開催のための経済活性化対策とされ、大都市を中心に認可されるようになったが、オリンピックが終わってしまっては、将来の日本の成長にとって逆効果であり、負の遺産だと思う。
若い頃、テレビなどで、俳優が煙草を喫っている姿を見て格好良いと思っていたし憧れていた。それが一人前の大人の証だとも自惚れていた。煙草の煙を吐き出す時の心の落ち着きは、私の心をいつも慰めてくれたものだ。煙草がなければ、とうの昔に私は胃癌で死んでいただろう、と本気で信じている。気が小さい私のような人間には、貴重で手軽な精神安定剤である。だが今は、他人の冷たい視線が気になって、人前ではとても落ち着いて喫えない。先日も、私が喫煙室で煙草を喫っていたら、喫煙室のガラス越しに私の喫煙姿を見た外国人スタッフが"Oh my God!"と大きな声で言っていた。どういう意味なのだろう。
禁煙なんて絶対にしない、定年まで喫い続けてやるぞと言い続けてきたが、還暦を過ぎた頃からは、誰も私に煙草をやめろとは言って来なくなった。だが、寂しいとは思わない。

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