医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第48回】

 

内分泌攪乱化学物質の生物影響の研究例(その2)

 

 前回は、オクチルフェノール(OP)のエストロジェン様作用が、成熟した雌に及ぼす影響を検索し、エストロジェンと同様の作用を示したことをお話ししました。


 ラットでは、周産期に脳の性分化が決定することが知られていますので、今度は周産期の新生児ラットにOPを投与した場合にどうなるのかを調べてみました。これには背景があります。ジエチルスチルベストロール(DES, diethylstilbestrol)という合成エストロジェン薬が、昔、流産防止などの目的で販売されていたのですが、生まれた子供、特に女性で、成長後に腟腺癌や子宮形成不全が生じたことから販売停止となったという過去の事実がありました。そこで、OPではどのような作用を示すのか、調べてみようということになったのです。


 これらのOPの研究は私が佐々木研究所に出向していたときの研究なのですが、実際は吉田緑先生という食品安全委員会の委員を歴任されたとびきり優秀な先生(獣医師、獣医学博士)と二人でこつこつと行った実験です。当時は神奈川県に住んでいましたので、2時間ほどかけてお茶の水の佐々木研まで通い、土日も注射したり、ついでに実験したりと研究生活を満喫しました。ただ、財団法人の職員というもともとの薄給に加え、出向の身で残業代などもない貧乏サラリーマンでしたのでお小遣いはきびしく制限され、きらびやかなお茶の水の街に居ながら財布には3千円くらいの現金しかなく、せいぜい神田神保町の明倫館という科学書を専門に扱う古本屋で古書の医学書を購入するのが精いっぱいでした。暮れは病理部の皆さんと、「やぶそば」で昼食を摂るのが恒例でしたが、当時でも1枚800円くらいしたと思いますが、薄っぺらな財布では1枚だけしか頼むことはできませんでした。まだ30代で若かったのでヒモジイままで、「800円もあればエチオピアのカレー大盛を食べた方が、胃袋が満たされるのに...」と思っていたことは、先生方には内緒です。

 Donryuラットの雌の新生児にOPを、生後1日から15日までの間に100 mg/kgの用量で1日おきに投与しました。ラットの新生児は、雌雄ともに睾丸や腟などはなく、外尿道口があるだけです。雌雄の見分けは、肛門からの外尿道口の長さで見分けます。長いのは雄で、短いのは雌です。雌は生後に腟の形成が進み、生後5週間ほどで腟が開口し、つづいて春機発動と呼ばれる性周期サイクルがはじまります。ヒトとの違いは、出生時には生殖器は未熟だということで、以前にも述べましたように脳も性分化されていません。
 実験の結果下記のような変化がありました。
 ・腟開口の早期化
 ・連続発情
 ・離乳時期までの高レベルのFSHやLHの分泌の消長
 ・無排卵
 ・卵巣の黄体形成不全と卵胞嚢胞
 ・血清中エストロジェン濃度は正常発情周期における発情期レベルと同程度
 ・血清中プロジェステロン濃度の低値(黄体形成不全に起因)
 ・子宮腺の低形成
 ・子宮内膜の粘膜上皮の過形成、腺上皮の数の減少

 以下の写真がOP投与動物と対照動物の卵巣です。ヒトの卵巣疾患で、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)が有名で、米国では不妊の原因の5~10%を占めると言われるそうですが、卵巣の形態はまさにこの病態と同様でした。テストステロンの上昇を伴うことがPCOSでは特徴のひとつですが、残念ながらこの時は測定しておりませんでした。


 

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