化粧品研究者が語る界面活性剤と乳化のはなし【第4回】

2022/07/08 化粧品

石けん、最強???

石けん、最強???

 石けんは、21世紀を迎えた現在も、圧倒的に高い人気を誇っていて、いわゆる固形石鹸として使われるだけでなく、洗顔料・ボディーソープからスキンケア/メイクアップ化粧料まで、あらゆるアイテムに使用されています。そして、ネットを見ると、石けんは肌に優しく、泡立ちと洗浄力に優れ、環境にやさしい!!!と、賞賛の声であふれているのです。

 これらの主張は、ある意味、正しいようです。多量に摂取した時の急性毒性、皮膚に塗布した時の一次刺激、アレルギー反応の程度を示す感作性など、安全性関連の基本データを見ると、どの数値も他の界面活性剤よりも低く、文句のつけようがありません[1]。さらに、泡立ちも圧倒的に良くてきめの細かいクリーミーな泡が立つし、なにより、安い・・・[2]。流行りすたりの多い日用品・化粧品業界で、何千年も昔にテルベ川のほとりで偶然発見された洗浄システムが、伝統芸能のように利用されているのには、きちんと理由があるのです。

 ただ、一年中、皮膚の健康を考え続けているスキンケアの専門家には、ちょっと違う景色が見えていたようです。皮膚のpHは弱酸性であるのに対して、石けんは一般に9~11。石けんで皮膚を洗浄してpHが高まると、皮膚にさまざまな悪影響が現れる・・・。そんな指摘がされたのです。pHとは、水の酸性・アルカリ性の程度を示す指標なので、そんなちょっとした水のキャラクターの違いが皮膚の機能と状態を変えてしまう、というのはちょっと不思議な感じがするのですが、実際に、石けんで顔を洗うと、皮膚の最表面の「角層」に含まれているアミノ酸が溶け出したり、皮膚刺激や肌荒れが現れる場合があることが少しずつ指摘されるようになりました[3]。

 この、皮膚の中で密かに起こっていた現象に目をつけたのは1970年代の日本の研究者たちでした。そして、この欠点を克服するための技術の開発への挑戦が始まったのです。最初に石けんを超える(?)界面活性剤の開発に成功したのは、味の素の研究者でした。味の素は調味料・加工食品・冷凍食品を製造・販売する、誰もがその名を知る食品メーカーですが、この頃、コア技術である発酵法によるアミノ酸製造技術の新分野への展開に取り組んでいたのでした。彼らはアミノ酸にアシル基(R-CO-)を導入する技術の開発、アシルグリシン塩というアミノ酸系界面活性剤を合成して、1972年から5年の間に6報の学術論文をアメリカ油化学会の発行する学術雑誌に相次いで発表したのです[4]。彼らの開発した界面活性剤はpHが低くても泡立ちが良く、汚れもきちんと落とすことはもちろん、皮膚への刺激も低いことが確認され、現在では日本初のアミノ酸系界面活性剤/油剤が洗浄剤や保湿剤として世界中で利用されています。

 さらに、石けんを超える界面活性剤は、身体洗浄料や化粧料の市場の雰囲気を激変させました。花王は、味の素に続いて親水基がリンのオキソ酸である「モノアルキルリン酸塩」やカルボン酸塩とポリエチレングリコール鎖が結合した「アルキルエーテルカルボン酸塩」を開発、「ビオレ」「ソフィーナ」等の身体洗浄料およびスキンケア化粧料のブランドに投入して、「弱酸性で皮膚に優しい洗浄料」「潤いを守って洗う洗顔料」に展開しました[5,6]。1970年代にはほとんどzeroだった身体洗浄料と化粧品事業の売り上げは2020年には数千億円まで成長しています。味の素と花王の取り組みの特徴は徹底的に科学的な根拠を示しながら新しい界面活性剤を開発し、本当に「皮膚への刺激の低い」身体洗浄料や化粧料を世の中に提供したことといえるでしょう。いわゆるevidence based cosmeticsの流れがこの時代から確固としたものとなったのでした。

 そんなこんなで、この数十年間の界面活性剤の開発の歴史は「石けんの弱点をいかにして克服するか???」に焦点が絞られていました。ところが最近、改めて石けんの新たな機能が報告されたのです。それはずばり殺菌力!ヒト皮膚の表面にはたくさんの菌が棲息しているのですが、肌荒れやニキビの原因となる黄色ブドウ球菌やアクネ菌は効率的に殺菌するけれども、免疫を強める表皮ブドウ球菌には殺菌力が低い殺菌剤を開発することができれば、皮膚表面における細菌叢に着目した新しいスキンケアテクノロジーにつながるのではないか、ということは昔から指摘されていました。実際に、ボディーソープなどの主成分のひとつであるラウリン酸(C12:0 脂肪酸)やマカデミアナッツ油や皮脂中に含まれるパルミトレイン酸(C16:1 脂肪酸)がこの理想的な選択殺菌性を示すことが確認されているのです[7]。私たちの研究グループでも、この界面活性剤の抗菌力を系統的に評価するとともに、これらの界面活性剤の金属塩が選択殺菌性を示す抗菌パウダーとして有望であることを報告しています[8-10]。
 

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執筆者について

野々村 美宗

経歴

山形大学 学術研究院化学・バイオ工学分野 教授 博士(工学)
花王株式会社において化粧料および身体洗浄料の商品開発に従事した後、山形大学に赴任。2017年より現職。専門は物理化学、界面化学、化粧品学。これまでに生体表面における界面現象のダイナミクス、界面活性剤を用いたエマルション・可溶化物・泡製剤の開発、化粧料・食品の触覚/食感センシングについて研究してきた。著書に『教授にきいた・・・ コスメの科学』、『化粧品 医薬部外品 医薬品のための界面化学』(ともにフレグランスジャーナル社) などがある。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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