医薬品製造事業関連の知財戦略【第8回】

19.新薬開発における係争
 特許制度は、特許を受けようとする発明を明細書に記載して出願し、審査を経て特許として登録されると20年間の独占的な実施が保障される制度です。つまり、新しい技術が秘匿されることなく公開され、その代償として一定期間独占権を与えることによって特許法第1条にいう「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする」を果たそうとするものです。新しい技術を生み出すことによって産業が発達することが狙いですから、医療・医薬品産業における特許制度の趣旨は、発明によって新しい医薬品が開発され、あるいは、医療におけるイノベーションが起きることにあります。このような制度の趣旨からは、新薬の開発競争における先発メーカー間の特許係争は、制度上の必然ということもできます。
 
 先発薬メーカー間における特許係争では、開発段階が主な対象であり、特許侵害が確定しますと、侵害者(債務者と呼びます)は開発を断念することになります。場合によっては、事業化を目指した多大な投資を放棄することにすらなります。第4回で少し触れました組み換えtPAの場合がこれにあたります。組み換えtPAに係る特許が成立したことによりいくつかの企業は初期の段階で開発を断念しましたが、開発を継続した企業もありました。特許は無効であると判断した企業と特許発明とは異なるアミノ酸配列からなるtPAを使用しているので特許侵害には当たらないと判断した企業です。いずれも訴訟に発展しました。その結果、前者では、特許は有効であり特許権を侵害していると判断され、製品の上市直前で差し止められることになり、債務者は、工場新設の投資を含め、膨大な損害を被ることになりました。後者でも、控訴審において特許発明と同等(「均等」と呼びます)であって特許侵害にあたると判断されました。また、訴訟には至りませんでしたが、これらの差し止め判決をみて開発を途中で断念した企業もあり、特許権者からtPAに係る医薬品事業のライセンスを受けた企業は極めて有利に事業を展開することになりました。
 
 開発段階における競合は、開発競争がそのまま知財競争でもあり、新しい発明をいかに早く特許出願し、強い特許として確立できるかの競争であるということです。知財戦略の観点からしますと、「いかに早く」特許出願可能な研究成果を確保するかが最初の関門となります。技術水準に関する情報提供、特許の取得可能性に関する助言など、的確な研究支援と技術的に特許を回避することができないように技術水準や事業計画に則した特許を取得することが知財戦略の主眼となります。特に、新しい発明の権利化に際しては、早く特許出願することは重要です。特許は早いもの勝ちで付与されることもその理由ではありますが、特許の範囲は新しい技術に関する最初の発明(パイオニア発明と呼びます)に対して広く認められることも大きな理由であり、パイオニア発明にあたる特許は、その後の改良技術に対しても特許権を行使できる可能性が高くなります。上述の組み換えtPA特許は、これに該当していました。
 
 一般に、化学分野の特許の成立性は、実証されたデータとクレームされた技術的範囲(以下「クレーム範囲」と略します)の広さによって大きく左右されます。実証データから帰納される技術的範囲が特許として成立することになるので、クレーム範囲が実証内容から逸脱していなければ特許されることになります。特許出願にあたって、実証データを豊富に準備し、クレーム範囲を実証データの範囲近傍に限定すれれば(例えば、実験例として示した薬用量の範囲をクレーム範囲とすれば)特許の成立性や成立した特許の有効性(以下、併せて「特許性」と呼びます)が高くなるとみることができますが、概して、クレーム範囲を狭くすることは特許の活用可能性を狭めることにつながると考えられますし、広いクレーム範囲について特許性を高くするために多くの実証データを準備しようとすれば、膨大な時間やコストを費やすことになりかねません。従って、事業を保護するに足る技術的範囲をカバーし、活用可能性の高い、強い特許を、できる限り少ない時間やコストによって取得するか方策を立て、見極めることが知財戦略として求められることになります(図12を参照)。なお、強い特許の必要性は、次項の後発薬が対象となる知財戦略についても共通していえることです。

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