不確実性の下での意思決定


科学の絶え間ない進歩と同時に、研究所の装置や機器も技術面で飛躍的に改善されているにもかかわらず、医薬品開発の生産性はなぜ低下しているのだろうか。
 
「進歩」と相反する成功率の低下
 2016年2月10日付の医学誌プロスワン(PLOS One)に掲載された論文「質が量に勝る時(When Quality Beats Quantity)」において、ジャック・W・スキャネル博士とジム・ボズリー博士はこの問いについて議論した。
 製薬業界向けのコンサルタントであり、またそれぞれオックスフォード大学とエジンバラ大学に籍を置く研究者でもある両博士は、コンビナトリアル・ケミストリー(CC=有機化学の一分野で、構造的に関連する少しずつ異なる化合物を短時間で多種類、しかも系統的に作り出す技術)やDNA解析、X線結晶解析、ハイスループット・スクリーニングといった、バイオ製薬の発見・研究用ツールにおける過去数十年間に渡る目覚しい進歩を指摘している。
 論文によると、これらの領域では効率性が向上し、目的達成にかかるコストは縮小した。しかしながら、承認薬1剤あたりの研究開発(R&D)コストは、1950~2010年の間、ほぼ9年ごとに約2倍に増加。また、臨床開発段階に入った医薬品候補が失敗に終わる確率は、1970年代と比べて今の方が高い。こういったR&Dの生産性の低下は、まさに、コスト高につく臨床試験の失敗によるものだ。「進歩」と相反する成功率の低下の背景には、いったい何があるのだろうか?

意思決定理論モデル
 両博士は、医薬品開発の生産性低下の理由を、スクリーニング・モデルや疾病モデルの予測精度が低下したためと仮定した。製薬企業は、様々な前臨床試験で示された結果に基づいて化合物の臨床開発を決定するが、前臨床試験で利用されるモデルの精度が不十分なため、臨床面での安全性や有効性の予測に不備が生じ、その後に多くの化合物の開発が失敗に終わるということだ。
 両博士は、R&Dプロセスを単純化し、発見、前臨床、臨床試験、FDA審査の4ステージに分類した。製薬企業は各ステージでの結果を検証し、開発を進めるか否かを判断する。両博士は、異なる状況下で下され得る様々な「決定」について仮説を立て、開発初期段階の決定が、その後の開発の行方にどのように影響するかを予測する、極めて技術的な意思決定理論モデルを提示した。
 仮に前臨床ステージでの試験が成功し、そこで示された臨床上の安全性と有効性がその後の開発ステージにおける結果を完全に予測できるとすれば、前臨床ステージをクリアした全ての化合物は承認されることになる。

「低いところに実る果実」は精度の高い前臨床モデル

 しかし、製薬業界関係者であれば誰もが、こういった前臨床モデルが「完全に予測可能」なものから程遠いことを知っている。もちろん、医薬品開発においては、化合物で阻害しようとする標的を妥当と考える、それなりの理由はある。そして、ハイスループット・スクリーニングにおいて標的への高い親和性を有することが示された医薬品候補は、次のステージに進められて然るべきだと考えるだろう。ところが、そういった化合物のほとんどは、臨床開発入りすらせず開発が中止されている。
 同様に、特定の疾病モデルとして利用される一部の動物モデルについては例外的に、その他モデルと比較して、臨床上の安全性や有効性の予測精度が高いことが知られるものの、動物モデルでの予測精度に限界があることも、よく理解されている。
 両博士が提唱しているのは、前臨床あるいは動物モデルの予測精度の「僅かな低下」ですらも、大量の医薬品候補を、従来より安くスクリーニングしてアナログを合成できるという技術面の効率性改善の利点を打ち消してしまうという事実である。
 

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