小説、「夢工場からのメッセージ」。R 【第4章(終章)】

 
小説、「夢工場からのメッセージ」。R
 
目 次
 
 
 
 
4.冬の夜空
 
 
第4章(終章)   冬の夜空
 
 
本館に戻る無人運転の静かな車内で、案内者がそっと教えてくれた。
「所長はバツイチです」
「そうですか。私はバツ0.5ですね。毎晩、酔っ払って帰るので、妻から家を追い出されそうです」
「いいえ、バツイチというのは離婚したということではなくて、前の会社を辞職してこの会社に来られたということなのです。本人が冗談でバツイチという言い方をして私たちを笑わせるのです」
15年ほど前、ある医薬品企業の生産責任者をしていたが、生産システムや生産拠点の将来構想について社長や外国人役員と意見が合わず、退職を余儀なくされたと言う。
私もよく憶えている。当時の日本では、グローバル化とダイバーシティが「錦の御旗」であり、外国人役員を高給で迎える企業や、社内公用語を英語とする企業も多く出現した。企業の中で昇進するには、外国人であること、ないし英会話が頗る堪能であること、この2つの条件さえ満たせば良いとも揶揄された時代である。高コスト構造の日本の国内工場を捨て、低コスト構造の中国やインド、さらに東南アジアに生産拠点を移転させることが、明確な理由と説明のないまま、低コスト製造の絶対条件とされていた。私の工場も危うくそうなりかけていたが、そうならなかったのは、グローバル化やダイバーシティや外国人社長登用において当時の先駆的企業であった日本の代表的な製造企業の悲惨な経営破綻があったからである。
「今の所長がこの工場に来られてから、仕事が随分と楽しくなりました。勉強に追われる毎日ですが、自分たちの進むべき目標が明らかになり、その実現に向けて一歩ずつ進んで行っているという実感が自分たちのこころをワクワクさせるのだと思います」と言う説明者の顔は確かに満足感が溢れていた。
「ところで、原薬工場と製剤工場では、どちらが参考になりましたか」と、説明者から逆に尋ねられる。
原薬工場の次に、製剤工場も見学させてもらっていた。
製剤工場は、機器のインテリジェント化と高速化が現在の最重要テーマであるとのこと。
建物を平面で見て長軸方向の中央横断部、背骨的な位置に、1階から最上階まで吹き抜けのスタッカークレーンがあり、その左右の各フロアに、原料秤量、混合、造粒、打錠、印刷・検査、小分けなどのそれぞれの製造工程室が仕切られ配置されている。原薬工場と同様に、一貫系列ではなく、機能別の機器編成とコンピュータ制御方式である。加工対象物は、ある工程が終了すればコンテナ容器に詰められ次工程の製造室前室へ、スタッカークレーンで運ばれる。配管による空気移送ではない。製剤の生産方式としては、2,000年代後半に日本の医薬品企業で確立された方式を踏襲している。
...君の嫌いなスタッカークレーンがあったね。

...スタッカークレーンの設置には欠点もあるからね。故障したとき、マテハンがすべて停止するので、バックアップ用にクレーンは最低でも2セットは必要となり費用とスペースが必要となることと、建設後、年数が経って、製造品目の構成や量の変化により製造室のレイアウトを変えたいとき、どうしても中央部のクレーンがレイアウト変更の障害になる。しかし、機能別の機器編成では、クレーンに代わる移送手段がないのも事実だ。

驚いたのは機器である。例えば、混合機であれば、製造指図を入力すれば、機器に内蔵された制御コンピュータがSOP(製造手順)をデータベース(クラウド)から引き出し、インストールされたSOPに従って機器自身が全自動運転を行う。また、内蔵した遠赤外線センサーなどによって混合の終点も判断する。混合時間は原薬や賦形剤のロットごとの特性値で異なってくる。このことは、混合機の量的バッチサイズを柔軟に変えることも出来るということでもある。さらに、自ら洗浄することもコンピュータ制御で可能になっている。まるで、洗濯物の汚れの程度で洗濯時間が変動する、家電の全自動洗濯機のようである。流石に、分解洗浄までは出来ないが、インプレイスの同一品目間の切替洗浄であれば可能である。
打錠機はダブルカセット方式を取っており、1台が製造中の時、他の1台は分解洗浄を行う。この分解洗浄は人手を要するが、打錠機に内蔵されたコンピュータにインストールされたSOPに従って作業者が分解洗浄を行う。作業者に対する指示はコンピュータからの音声指示と壁面のモニターでの図解指示でなされ、作業者が指示以外の作業を行うとコンピユータから修正指示が出て、修正結果をコンピュータが確認するまでは、作業者はSOPの手順を先には進めない。遠くから見ると、人間が機械から使われているようで、可哀想にも思えてくる。
「今、分解作業を行っている人はこの工程のエンジニアで、この制御コンピュータのプログラムを作成したのは彼なのです」
「エンジニアが作業の実際を経験し習熟しないとプログラムが進歩しないからなのです」と、説明者。
包装系列は極めて高速であった。従来の2倍のスピードだと言っていたが、普通の人間の動態視力では物の流れを見ることが出来ない。この包装系列は無人であったが、無人を最初から目的としたのではなく、余りにも包装系列のスピードが速すぎて、結果的に、人の介在が全く出来なくなったというのが実際であろうと思う。
 

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