小説、「夢工場からのメッセージ」。R 【第3章】

 
小説、「夢工場からのメッセージ」。R
 
目 次
 
 
 
3.時を忘れて
 
4.冬の夜空
 
 
第3章   時を忘れて
 
 
ベンチで数人の若い女性従業員が楽しそうに笑っている。
池の畔では、子供を連れた母親が鯉に餌を投げ与えている。
工場の中の公園だということを知らなければ、この柔らかな陽射の中で少しばかり昼寝をしたい気分になるだろう。
それにしても...、と見学者は思った。
ピロティ造りの広い食堂で、春のような光眩しい瀬戸内の美しい景色を眺めながら食べる昼食はとても美味しかったけれど、何を食べたのか全然憶えていない。ゆったりとした椅子に座り、テーブルの上に設置されたメニューパネルをタッチしオーダーしたまでは憶えているが、何を食べたのか忘れてしまっている。案内者が瀬戸内海の方を指しながら、いろいろと景色を説明してくれたはずだが、眩しいだけで何も眼に入らず、その言葉も耳に入ってこなかった。
いったい、私は原薬工場で何をしていたのだろう。ずっと只、立っていただけなのか。案内者の後を歩いていただけなのか。何を質問したのか、あまり憶えていない。
私は自分たちの工場の自動化については自信があった。どこにも負けないと。だが、この工場のシステムは自分たちの思想を遥かに超えている。いや、超えているというよりは、進んでいる道が違っている。自分たちも必死に改善を進めて来た。だが、これから自分たちがさらに道を進めて行っても、ここの原薬工場のようにはなれない。違う道の、遥かな延長線上に、この工場は威風堂々と存在している。
見学者は、公園の白いベンチに腰を掛け、Yシャツの胸ポケットから煙草とライターを取り出した。
最近は胸にポケットのあるYシャツを探すのが大変なのよ、と言う妻の声がどこからか耳に聞こえて来そうである。
時代は確実に変化する。そして、その変化に柔軟に対応出来ていると、改善活動も地道に進めていると、そう自惚れながら、変化に対し意固地になって抵抗している自分が此処にいる。
資金がないから十分な設備投資が出来なかったと言い訳をする自分。設備投資額をこれだけ抑えた、このことが自分たちの高い技術力の証であると、下手な自慢をする自分が此処にいる。
季節は確実に巡る。今年も、去年と同じ春が来てくれたと、どこか安堵している自分が此処にいる。
アメリカ花水木の蕾が大きく膨らんでいる。満開の梅花の香りが心地良い。淡いピンクの制服を着た女性従業員たちは、ディズニー映画の妖精たちのようだ。
...この光景、どこかで記憶がないか。
...う~ん、それを考えているところだが思い出せない。
 

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