業界雑感 2018年3月

 製薬企業の研究開発ががん領域に集中しすぎ、との議論がある。確かに、各社の新薬開発一覧を見ても、抗悪性腫瘍薬がずらりと並んでいる。新薬開発における領域戦略については専門外なので詳しいことは言えないのだが、2000年代に前社でビジョン策定や生産戦略に携わっていた際には、ちょうどグローバルメガを目指すとした戦略からカテゴリーリーダーへと舵を切るべきとの議論の中で、がん領域の取捨についての議論があったことを思い出す。

 その頃よく話題となったのが、治療満足度別にみる新薬の開発・承認状況、いわゆるアンメット・メディカル・ニーズであった。2005年のそれと2015年のそれを見比べてみると、その様相が大きく変わってきていることがわかる (医薬産業政策研究所 政策研ニュースNo34、No.45などを参照)。2005年当時に治療満足度50%以下かつ薬剤貢献度50%以下の疾病領域に新薬開発品目が40%と重点が置かれていたのに対し、2015年のそれでは、治療に対する薬剤の貢献度が上がり、50%以下の領域の新薬開発件数は全体の10%にも満たない状況となっている。言い換えると、この10年でアルツハイマー病や膵臓ガンなどの一部の疾病を除いて薬で治らない疾病がなくなってきているということになる。

 かつてはブロックバスターとか、画期的新薬の開発、ファーストインクラスといった新薬開発にかかるキーワードが踊っていたこの業界なのだが、薬剤貢献度が上がり、それにつれて治療満足度も向上してきた今、新薬開発により人々の健康に貢献するといったビジネスモデルが成り立たなくなってきているのではないかと考えさせられることがある。新薬はいずれ特許切れを迎え、後発薬に置き換わっていくので、新薬メーカーが持続的に成長を続けるには、より効果の高い薬剤を開発し、高い薬価で販売していくしかない状況といえないだろうか。

 ライフサイクルという視点で見ると、新薬開発型のビジネスモデルのこういった状況を成熟期といい、その先に待つのは衰退期ということになる。薬そのものに関してはグローバルにみればASEANや中南米、アフリカといった発展途上国での需要は増えていくだろうし、日本だけでなく欧米先進国でも今後高齢化が進む中で需要が減少することではないので、製薬産業そのものはまだ成長産業から成熟産業への途を歩んでおり、斜陽産業へと向かうのはまだまだ先だとは思うのだが。

 競争戦略としては業界の中での差別化が最も優位で、次に優位な戦略が特定セグメントへの集中と言われている。グローバルメガを目指す戦略が売上高にしろ、研究開発費にしろ、圧倒的な規模での差別化戦略だったとすると、がん領域への集中はまさにこの特定セグメントへの選択と集中の戦略ということになる。ただ、各社が同様にこの戦略を選択すれば、その先に待ち構えているのはコストリーダーシップ戦略なのである。

 自分の言うことは5年早い、とよく言われる。このことは5年ではなく10年ひょっとしたら20年くらい早いのかもしれないが、今そういうことを考えている人も世の中にはいるということを意識しておく必要はないだろうか?
以上

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