【第9回】オランダ通訳だより

2024/12/13 その他

古田 泉

前回に引き続きニューヨークのオランダの名残について。

続 ニューアムステルダム

前回は、ニューヨークに見られるオランダの名残についてご紹介しました。今回は、ニューヨークがまだニューアムステルダムだった当時の様子を、年を追ってなぞってみたいと思います。

17世紀のオランダは、八十年戦争でスペインから独立を果たして黄金時代を迎えます。欧州で最も裕福な国として、貿易や学問、軍事、芸術の最先端を行き、投資家から資金を集めては、香辛料や天然資源を求めてアジアへ航海して、植民地を増やしていきました。この時代は、欧州列強諸国が北米の植民地化で競いあっていましたが、一番乗りしたのがオランダ共和国でした。偶然たどり着いたのが、今のニューヨーク、マンハッタンだったのです。当時はまだ原住民が暮らしている地域でした。

1624年 オランダ西インド会社の船で航海した探検家、ヘンリー・ハドソンが、マンハッタン島の西を流れる川に到着します。ほどなくしてこの川は彼の名を冠するようになり、今もハドソン川と呼ばれています。彼らが入植した現在のガバナーズ島が、米国大陸に初めて作られたヨーロッパの植民地です。オランダ王室ナッサウ家のマウリス王子に仕えていたハドソンは、目ぼしい資源を求めて周辺を探索しはじめました。

そして一年ほどで、この地域やコネチカット、デラウェア川流域の原住民と、ビーバーの毛皮の取引を始めました。

1625年 マンハッタン島南端に、ニューアムステルダムという村落を作ります。ここは、ハドソン川上流の交易地域を確保するため、通関港としても理想的な立地でした。しかし、まだ原住民が所有するエリアだったので、翌年には、現代通貨1000ドル相当の装飾品と引き換えに、植民地の総督がこの土地の所有権を取得しました。

ニューアムステルダムは、ハドソン川上流までの広域を占める、ニュー・ネザーランド植民地の首都でしたが、規模・商業ともに、ボストンやフィラデルフィアほどには発展しませんでした。主な理由は、オランダ本国に宗教・政治闘争がなく、経済も好調であったため、新たな海外植民地を確立する機運がなかったこと。また、植民地への移住を希望する本国人が少なかったことなども考えられます。

西インド会社も、本国の意向を反映して、ニューアムステルダムを恒久的な植民地として発展させる意図はなく、もっぱら国の利益拡大に貢献する、毛皮とたばこの取引で儲けることに注力していました。ちなみに、同社が任命した植民地の総督たちは、独裁的で無慈悲だったため、植民地住人に支持されることはありませんでした。

1628年 植民地政府は、入植者数を増やすように富裕な入植者たちに働きかけましたが、ほとんど誰も反応しませんでした。本国からまとまった数のオランダ人が入植してこない一方で、典型的な入植者といえば、国外追放などで行き場を失った、プロテスタント系フランス人やユダヤ人、ドイツ人などでした。このときすでに、マンハッタンの人種のるつぼ化が始まっていたわけです。北米で初めて財産所有権を認められたユダヤ人も、この地に入植した人たちでした。

1640年 入植者が少なく労働力も不足していたため、ニューアムステルダムの住民は、奴隷の労働力に依存するようになります。当時の植民地のなかでも奴隷の数が最も多く、アフリカから連れてこられた奴隷が、1640年までに人口の1/3を占めていました。

しかし奴隷の処遇は、のちの支配者となるイングランド王国の植民地開拓者による劣悪な扱いとは異なるものでした。読み書きや洗礼、オランダ改革派教会での婚姻などが認められており、なかには賃金を得て、財産を持つ奴隷もいました。ニューアムステルダムがイングランド王国に引き渡されるまでに、奴隷の約1/5は「自由の身」だったと言われています。

 

 

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執筆者について

古田 泉

経歴

通訳・薬剤師
オランダを拠点に活動する、日英蘭フリーランス通訳者。薬剤師。武庫川女子大学薬学部を首席で卒業し、日本の製薬会社で国際部に勤務。結婚を機にオランダに移住したのち、現地CROのPRA Health Sciences(現ICON)でProject Coordination部門の秘書、事業開発部門の日本企業担当窓口を務めた。2007年に副業だった翻訳業で独立したが、年々通訳業の比重が高まり、現在に至る。注力している通訳分野はGMP監査、開発品導入、臨床開発など。欧州各地への出張通訳とオンライン通訳に対応している。GMP Auditor育成プログラム第15期修了。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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