医薬生産経営論【第8回(最終回)】

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 横浜DeNAベイスターズ、松本啓二朗外野手。2008年ドラフト1位。27歳、背番号 6。
 2004年の7月だった。満員に近い電車の中で涙した、あの夏の日のことが今でも忘れられない。
 
 7月のある金曜日の午後、私は茨城県鹿嶋市に住む友人から誘われて鹿嶋に行くことになった。
 当時、私は神奈川県藤沢市に住んでいた。藤沢から鹿嶋に行くには、東京駅までJR東海道線で行き、東京駅の八重洲口から出発する高速バスを利用するのが便利だが、その日は何故か、電車に乗ってゆっくり行きたい気分になって、JR総武線で千葉駅に行きJR成田線に乗り換え、佐原駅で再度乗り換え、JR鹿島神宮線で鹿嶋に行くことにした。
 千葉駅から鹿島神宮駅まで約1時間半の、私にとっては初めての行程である。
 梅雨明け頃の、美しい青空が澄み渡った夏の、小さな旅路。そんな気分でその日は始まった。
 
 千葉駅では総武線から成田線へホームを移動する。成田線のホームへ階段を急いで上がると、それぞれの乗車口のあたりには10人ほどの人が並んでいた。金曜日の午後なのに人が多いな、立っての移動は辛いな、などと思いながら、私は白いシャツと白いスラックスの中学生くらいの、眼鏡をかけ、ほっそりとした少女の後ろに並ぶ。少女は足元にベージュ色のカバンを置いていた。
 やがて、電車がホームに入ってくる。電車内は既に人が立っていた。千葉駅が始発じゃないのかと、電車での行程を選んだ自分を呪う。
 電車のドアが開き、ホームに並んでいた人たちが動き、電車にひとりずつ順に乗り始める。
 その時、初めて気づいた。
 私の前に並んでいる少女は歩行障害をもっている。身体をゆらゆらと揺らしながら、のろのろであるが、それでも歩く。
 少女の前に並んでいた人が電車に乗り込んだ時、少女と電車のドアとの間は2メートルぐらい空いていた。しかし、他の乗車口から割り込もうとする人は誰もいなかった。私の後ろにも10人近い人が並んでいたが誰も追い越さない。黙って、列の順番を崩さず待っていた。
 私は、少女が車内の座席に座れるのか心配になってきた。このドア近くには優先座席がない。なぜ少女は近くに優先座席のあるドアから乗らないのかと、少しイライラした気分になってきた。
 
 少女が電車に乗ると、ドアに最も近い座席には、全国高校野球選手権大会(夏の甲子園大会)千葉県予選の試合帰りの千葉経済大学付属高校の野球部員がユニフォーム姿で乗っていたが、2名の野球部員がその少女と中高年のご婦人に座席を譲ってくれた。
 私は、ドアの内側、向い合せの座席の窓側に座った少女の背中あたりに立った。やはり座れない。でも、少女が座ることが出来てホッとした。この高校の野球部員は良く躾けられている。電車内を見渡せば、ほとんどの野球部員は、試合の帰りで疲れていたはずだが、座席を譲り、立っていた。

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