理系人材のための美術館のススメ【第12回】

第12回「デザインと芸術の問題」


 美術館にあまり足を運ばない方向け、「理系業界に美術館のご利用をプッシュしてみよう」という本コラム。
 前回最後におすすめしたファッションイラストレーター森本美由紀展は、この原稿の掲載時にはぼちぼち終わろうとしているところ。実はここ最近、美術館界隈では「デザイン」関連の展示がとても流行っています。
 いわゆる美術品ほど温湿度や光量などの扱いが難しくなく、保険の額もお手頃で、催事場なんかでも開催が可能という事情に加え、コロナ禍と戦時で輸送環境が大きく変わったことも影響していると思われます。誰がこんな中でうちのお宝美術品を貸し出すもんか!…という時期が長かったので、ならば国内のイラストレーターや各デザイナーの見直しを、という事情は理解できますね。
 ところで、デザインは芸術に入るのかと言えば、ここにはちょっと奇妙な問題があります。入らないという人もいれば、もちろん入るという方もいます。明確な区別がある一方で、美術公募には「デザイン部門」があることもしばしば。今回はそんな、グレーな領域の話です。

【ほんとにけっこうな割合だと思うよ】
 デザイン、とひとことで言ってしまえば、視覚に訴えるどんなパターンでもデザインであり、ファッションデザイン、プロダクトデザイン、グラフィックデザイン、テキスタイルデザイン、建築デザイン…と、まあ言えばきりなく出てきます。
 その服飾系だけでもここのところは、マリー・クアントとローランサン展が立て続けに渋谷文化村で行われており、昨年のシャネル、クリスチャン・ディオールに続き、この後イヴ・サンローラン展も控えています。あ、ジャンポール・ゴルチエは丁度今ミュージカルが終わったところですね。このあたりは関係者の皆様、華々しい時代を振り返っていらっしゃるご様子が伺えます。
 それだけではなく、生活デザインとしてのフィンランドデザインはとても人気が高いので、ガラス工房「イッタラ」展、マリメッコ展、フィンレイソン展…と、フィンランドデザインの有名どころはほぼ最近でカバー済。他に意匠デザインでは神坂雪佳、杉浦非水をはじめ、ポスターや着物の型染めの図案再考とか、昭和レトロデザインの流行に乗って、手書きフォントデザインなんかも含めかなりの数のデザイン関連展が開催されていました。ていうか今大阪中之島美術館でやってる「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン」展は全国巡回しないのか。なんで!

 と、いう流行り状況ですが「美術館」でデザイン展をやる以上、このコラムの散歩趣旨にはもちろんのこと入ります。私個人は、アートか否かなんてすっとばし、広告デザインや装丁デザインを普通に愛しているため、どんなデザインでも見ていてわくわくするのでウェルカム。楽しい!
 それにだいたい、誰だってお気に入りのレコードジャケットとか本の装丁とかのデザインは、ひとつやふたつあるものです。自分の落ち着く家具のテイスト(カントリー調とかモノトーン系とか)や、カーテンの色の好き嫌いくらい皆さま持っていますよね。そういう意味でデザインというのは間口が広くて誰でもとっつきやすく、企画展としてはいいアイテムです。しかもほら、オリジナル原本の問題もないし! アイテムの提供価格は決まってますし! 限定お土産品も出しやすいですしね!

【デザイン「性」と芸術「性」は、確かに違う】
 そんないいこと尽くしのデザイン展ですが、しかしこの世には「いいやデザインと芸術は異なるものなのだ」という明白な趣旨が存在します。
 デザインと芸術は、なにが違う? これをWebでググると山ほど記事が出てきますし、まずデザインや芸大の授業でも取り上げられるメジャーな問題です。答えに関しては私のような門外漢が話をしなくともいいくらいに解説されています。が、話の流れから一応、世の皆々様がいう基本的なポイントを整理してみると、
・芸術は「主体的でかつ自由な創造性に基づく行為」である
・デザインは「対象者の問題を解決するための技法」である
 こんなところかと思われます。芸術活動を行うにあたって、芸術家は表現方法も手法も、表現したい中身もご本人の自由です。本人が「やりたい」と言うなら誰も止めません。でもデザイナーさんはですね、基本クライアントありの仕事ですので、無茶をしたら「やめろ無茶だ!」と止められます。
 読めないフォントはいらないし、人目を惹かないポスターデザインなんて意味を成しません。某コンビニのPBパッケージに「格好いいけど中身が分かりづらい」とクレームがついた件も同じです。椅子だといってデザインした以上は座れなければいけませんが、しかし「すわることを拒否する椅子」は芸術作品ならばありですし、実在します(岡本太郎作)。
「こういうものを、こんなイメージで、こういうターゲット向けに創ってくれ」
 そうやって「注文」を受けて創り、金をもらったものは美術や芸術ではないのだ。…ということのようです。確かにそう考えてみると、行為としては全然、まったく違います。
 でもそうなると逆に、なんでそんなに「デザインと芸術の違い」が語られるのかっていうのが不思議じゃありませんか? ここまで明確に違うんだから、もう答えは出てるだろって思うのに、いつまでーも議論されて「私なりの答え」とやらが星の数ほど出てきちゃう。そこになんの問題があって、こんなことになるのか。
 私は個人的に、上の基本的な定義はそんなもんだろうと思いますし、なんの異論もありません。でもこの定義はですね、悲しいことにどう考えても、リアルな人間に合ってないんですよ。この定義に照らしてしまえば、現実の世界は「芸術家になれない芸術家」や「芸術になっちゃうデザイン」や「遊びが芸術扱いされるクリエイター」があふれちゃうのです。
 あえて言うなら、デザイン性と芸術性は違うけれど、デザイナーと芸術家は、紙一重です。
 

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