医薬品製造事業関連の知財戦略【第11回】
25.知的財産に関する国際調和の変化
前回お話ししました特許取得の基本ルールに関わる条約とは別に、貿易、その他国際的な流通や交流に関わる様々な条約の中でも知的財産に関連した取り決めがあります。中でも、世界貿易機関(WTO)の前身である関税と貿易に関する一般協定(GATT)のウルグアイラウンド(1986~1994年)において、WTOの創設に合わせて締結された知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定、世界貿易機関を設立するマラケシュ協定附属書1C)が貿易上必要となる各国の知的財産制度調和の基本的なルールを定めており、知的財産制度の基本姿勢に関する国際的なよりどころとなっています。
GATTによって自由貿易の拡大を推進することを目的として各国の貿易に関わる障壁を取り除くことが推進され、1995年、国連機関であるWTOの設立に至りました。1994年には、先進諸国において医薬品やその中間体の関税の撤廃が合意され、鉱工業製品の譲許(関税の撤廃や引き下げ)が進んできました。東京ラウンド(1973~1979年)以後、対象が拡大され、ウルグアイラウンドでは、それまでの物の貿易に加えて新たにサービス貿易が交渉の対象として取り上げられました。その結果、WTOの設立を盛り込んだマラケシュ協定において、TRIPS協定が締結されるに至りました。その背景には、アメリカを中心とする先進諸国の工業製品の輸出不振やハイテク産業の停滞の原因として新興国における工業化が進展してきたにも拘わらず知的財産保護が不十分であることがあり、グローバリズムあるいは自由貿易の推進には世界的な知的財産保護の確立が欠かせないと考えられたことによっています。このため、TRIPS協定は、各国が遵守すべき知的財産権保護の最低基準の明確化が基本となっており、WTOの原則である最恵国待遇義務に基づく知的財産水準の向上・強化などが求められています(表7を参照)。各締約国では、例えば日本でも特許期間が特許出願から20年間に改定されるなど、TRIPS協定に沿った国内制度の整備が進められてきました。しかし、各国における特許制度の運用は大きく異なる面もあり、先進国では権利強化の政策(プロパテント政策)に重点がおかれていますが、新興国や開発途上国では権利制限の政策(アンチパテント政策)に重点がおかれています。
製薬産業に関わる最近の特許政策では、インドにおける強制実施権の発動が注目されています。強制実施権というのは、通常は特許権者以外の第三者が実施することができない特許発明を、国内制度によって特許権者の許諾無しに実施できるようにする制度上の手段です。特許が存在する抗がん薬の製造販売について、インド政府は、その医薬品が高価であるためにがん患者が利用することができないとして国内企業に対して安価に提供することを許可した(命じた)ものです。これは、インドの特許法では認められている行為ですが、特許権を重視する立場からはその運用には異論があり、先進国の医薬品メーカーからは研究開発成果の活用を損なうものとして問題提起がなされています。
このように、TRIPS協定によって知的財産制度の世界的な調和が図られているとはいうものの、各国における制度の運用には違いがあり、経済関係の対立点となってきています。また、近年では、経済格差の絡む南北問題の様相を強めてきています。
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