新・医薬品品質保証こぼれ話【第13話】

品質と算盤について。
執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話」
品質と算盤
渋沢栄一は事業を成功に導くには経済だけではなく道徳というものが必要であると説き、このことを端的に「論語と算盤」と表現しました。渋沢のこの言葉・考え方が今の時代に見直され、大河ドラマ(「晴天を衝け」)にも取り上げられたことは記憶に新しいと思います。渋沢が活躍した時代から100年の年月を経て、科学技術に加え情報技術の急進により世の中が一変しました。利便性と豊かさを求める経済優先の風潮が極まり、欲しい物を手に入れ、スマートフォンがあれば調べものはもとより、お金の支払いなど何でもできる便利な世の中になった一方、人間が本来大切にすべきものが日毎に失われていくという思いも否めません。
この傾向は国の施策にもしばしば見られ、医療費抑制のための後発医薬品の使用促進策にもそういった一面が窺えます。今回はこの渋沢の言葉になぞらえ、“品質と算盤”と題し、後発医薬品の使用促進に際する“経済優先”とそれがもたらした問題について考察を進めたいと思います。
“医療費抑制”という命題に対し後発医薬品(以下、「後発品」)の使用促進策が打ち出され、調剤に際する後発品の推奨・使用に対するインセンティブとしての点数加算など、経済を軸にした使用促進策が長きにわたり推し進められてきました。その一方において、本来、医薬品にとって最も重要である科学に根差した品質の確保、および、それによる医薬品の安定生産をとおして医療の場に医薬品を安定的に供給するといった、極めて基本的で重要な課題への配慮が少し足りていなかったのではないかと思われるふしが感じられます。
後発品の品質確保において最も重要となるのは、ご承知のように、先発医薬品(以下、「先発品」)との“有効性・安全性の生物学的同等性”(以下、「同等性」)の確保です。この同等性を医薬品の製造ロット毎に理化学的に保証するのが「溶出試験」ですが、この溶出試験が承認規格に適合しないケースが散見されることが、従前より、医薬品再評価の場などにおいて指摘されてきました。また、GMPの国際調和(PIC/S-GMPとの整合化:改正GMP省令,2021年8月1日施行)により「安定性モニタリング」が要件化されて以降、溶出試験不適合などが以前に増して確認され、これによる自主回収の件数も増加傾向にあり、少なからず安定供給に影響を与えています。このような状況をうけて、改めて、後発品の品質確保が重要課題として注目され、国立医薬品食品衛生研究所が主導する「ジェネリック医薬品品質情報検討会」の場などで鋭意、改善に向けて検討が進められていることは周知のとおりです。
後発品を先発品の代替として推奨する根拠(前提)は“後発品の品質が先発品と同等”であることですが、一部の後発品といえども、上記のように溶出試験不適合が見られる中、使用促進策は変わらず継続されてきました。その結果、後発品の使用量の増加に伴い生産量が増え続け、製造を受託する工場(医薬品製造業者)は生産に追われ、一部の企業において、教育訓練や変更管理といった、本来、医薬品の品質保証に求められる基本的な対応が不十分な状況となり、言わば、GMP対応が“機能不全”に陥ったと推察されます。そういう状況の中で、大手後発品企業を含む五指に余る企業において“違法製造”が確認され、自主回収や業務停止により後発品の何千という品目が欠品や限定出荷となる状況に至っています。
医薬品の品質保証と安定供給は医療の要であり、日本においては2019年のセファゾリンの欠品問題以前は報道対象となるような事案もなく、安定供給は当たり前のように確保されてきました。ところが、この科学技術の進展めざましい21世紀の世の中において、多くの医薬品が品不足となり未だ解決の糸口さえ見えない状況にあります。今、世の中は新型コロナウィルスによるパンデミックに加えロシアのウクライナ侵攻、さらには中国の台頭などかつてない政情不安の中にありますが、このような不安定な世の中においては特に医療の安定が重要です。後発品の安定供給はこの医療の安定に欠かせないことを、改めて肝に銘じる必要があるのではないでしょうか。
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