ドマさんの徒然なるままに【第33話】まぼろしのMBR


第33話:まぼろしのMBR

第1章:MBRを知っていますか?

ここで言う“MBR”とは、Master Batch Recordの略称で、日本語で言えば「製造指図記録書原本」のことである。もし、「それって何だ?」と思うのであれば、率直に言って、GMPを理解するのは半永久的に無理であろう。実のところ、そのくらい重要かつ必須の“GMPの基本中の基本”なのであるのだが・・・。

しかし残念ながら、本邦ではMBRシステムが要件化されていない。言葉さえも出て来ないどころか、システムの思想さえも窺えない。これが、どれだけ重要な意味を有するのか、そして現在頻発しているGMP問題に影響しているのか、私見も交えて(注釈込みで)説明したい。
 

第2章:MBRシステムとは?

簡単に説明する。紙ベースとして示すが、全体のフローとしては電子的な場合も同じである。

製造部門が「製造指図記録書(ドラフト)」を作成し、品質保証部門(以下、QA)がレビューしてOKならば承認して正式な「製造指図記録書(原本)」とし、QA預かり(QA管理)となる。実際の製造に当たっては、製造部門はQAに依頼し、必要バッチ(ロット)*1数の部数を原本からのコピーを「製造指図記録書(バッチごと)」としてQAから発行してもらう。QAは発行の際に、日付と署名(登録済みであればイニシャル署名等も可)を施し、必要部数を製造部門に渡す(余剰が生じた場合は必ず返却)。当該「製造指図記録書(バッチごと)」が綴じられていないか、あるいはパンチング(穴あけのことです)されていないのであれば、全ページに日付・署名が必要となる。理由は、QA発行の証明と差し替え防止のためである。原本がQA預かりであることから、指図を勝手に変更したり、改ざんしたりは出来ないことになる。またQAは、“いつ・QAのだれが・製造部門のだれに発行したのか”の記録を残しておくことを強く推奨する。

ちなみに、GMP省令における「製造指図」に関わる部分は、製造部門だけで完結しており、恣意的に改ざん可能である*2

また、この方式は、製造作業のみならず、試験検査においても、様式の相違や名称は別として基本的には同じである(例えば、「試験検査指図記録書」)。

製造終了後、QAによるバッチレビュー*3となるが、QAは原本と照合することで記録漏れや逸脱だけでなく、指図の変更や修正も気づくことになる。
《注》指図の変更や修正は出来ないのではなく、仕方のない場合も在り得るので、その場合は、別途定める「変更管理の手順」や「逸脱処理の手順」に従って緊急対応することになる(詳細は脚注を参照のこと)*4

現在では、タッチパネルやタブレットによる電子的な指図記録書が多くなったと思うが、基本は同じであり、CSVがとれておりData Integrityを満たすコンピュータ化システムの運用になってさえいれば、むしろ簡便と思われる。

このMBRシステムがGMPとして如何に重要かは第4章で述べる。
 

第3章:日本でのMBRの経緯?

筆者の知る限り、「GMP/QMS事例集(2006年版)について」*5の冒頭の一般的留意事項の4番目の項に『本事例集には、「製造指図書原本」という言葉及び概念は登場しないが、海外当局からの査察等の際、この概念に相当する文書の提示を求められる可能性があることから、海外当局による査察等を受ける可能性のある製造業者は、可能な限りこの用語に対応する文書を準備しておくことが望ましいこと。』として記されたことがある。ただ、この記述も、その後の「GMP/QMS事例集(2013年版)について」では削除されている。では、なぜ2006年版にこの記述があったのか? 当時、製薬協・品質委員会のGMP部会委員として、また日薬連・品質委員会の常任委員として事例集改訂に携わった者として、当時の事情も踏まえて簡単に説明する。

大きくは2点が関係する。1点目は、日薬連として2005年4月の当時の改正薬事法の全面施行に伴う、新規GQP省令(製造と販売の分離)および改正GMP省令(許可要件から承認要件に変更)等の運用のために事例集の全面改訂が必要になったこと。2点目は、国際化を目指していた製薬協としては、PIC/S加盟を促していたこともあり、加盟のための一番の中心となる肝がMBRシステムであると確信していたためである。そこで、MBRについて、せめて事例集には先々の予告的な形で知らしめたかったと言うことである。ただ、当時の監視指導・麻薬対策課からは時期尚早と判断された。しかしながら、先々の展開を踏まえた国際化については理解を頂き、地方行政と企業への認知として言葉だけだが挿入して頂いたものである。

ちなみに、その後(2013年版)の事例集改訂の際の削除の理由については存じ上げないし、今般のGMP省令の改正時にも取り上げられなかった理由については、知る由もない。当然のことながら、これから発出されるであろう「改訂GMP/QMS事例集」に取り上げられることもないであろう。
 

第4章:そもそもMBRの元ネタ(情報)はどこから来るのか?

一般には、製造部門が「製造指図記録書(ドラフト)」を作成することになると思うが、そもそもこのドラフトの元ネタ(情報)はどこから来るのか? 製造に限らず試験検査もそうであるように、大元は承認書である*6。承認書記載事項を基に製造販売業者(承認取得者)は品質標準書を作成するはずである。その製造販売業者による品質標準書を踏まえた情報を基に、(受託)製造業者は医薬品製品標準書を作成する。その医薬品製品標準書を基にして製造部門は「製造指図記録書(ドラフト)」を作成することになる。その後の原本化とバッチ製造指図記録書としての使用は先述の通りである。

ここで何を言いたいのか。お気づきかと思う。承認書が大元であると言うことは、取りも直さず、承認書と一致しているはずである。もし違っているのであれば、それは恣意的に違反行為をしていることになる。もし、製造販売業者からであれ製造業者(社内工場を含む)からであれ、変更の要請があれば、その変更の程度(一変・軽微届出など)とは無関係に、(各業者がズルをしない限り)Quality Agreementに基づいた変更連絡がなされ、両者合意として変更手続きが進められ、“変更された承認書”に基づいて「製造指図記録書(原本)」も改訂されるはず(されなければならない)である。それが本来の製造販売業者と製造業者との連携のはず(GMPのみならずGQPの要件)である。
 

第5章:なぜMBRにこだわるのか?

前章の話をさらに深掘りする。理由は、ここに重要な点が暗示されているからである。通常、製造販売業者と製造業者の間での変更を含むGMP上の情報交換の窓口は、両業者のQAのはずである。Quality Agreementの中にもそれを明記していると思われる(通常は、両社の各部門応対者一覧をアタッチする)。一方で、「製造指図記録書(ドラフト)」を作成するのも、さらには技術移管や試作といった作業の中心は製造部門である。「承認書と齟齬のある別の方法による製造作業が行われた」といった話は、MBRシステムが適正に運用されていれば、組織的な違反行為を見て見ぬフリでもしない限り、「原本」として承認される途中のどこかの段階で気づくはずなのである。結果としての経営陣の責任についてはその通りだと同意するが、まずはこの手の現実的運用を要件化したら、いかがであろうか。具体的であればあるほど、少なくとも現場の人間にとっては当局の期待に応えやすいんじゃないかと思うのですが*7

もっと分かり易く言えば、MBRシステムの概念に基づく運用がキチンとなされていたとしたら、承認書と製造実態に齟齬があるということ、ましてそれに気づかないなんてこと、「うっかり、失念しておりました。」、「自己点検で気づきませんでした。」、「委託先監査で気づきませんでした。」なんてことは在り得ないのである。それこそが、上っ面の変更管理・照査・自己点検・外部監査などを意味しているのではないのか。行政はその立場もあって婉曲な表現を使うが、利害のない筆者としてハッキリ言おう。それを“恣意的”で“悪質”な違反行為と言うのである。
 

第6章:今般の一部改正GMP省令について感じること 

冒頭でも述べたように、筆者が業界団体の品質委員会委員であった時代から既に15年以上が経過している。当時はPIC/S加盟を提言しても蹴られていたが、2012年3月には加盟申請し、2014年7月には正式加盟した。その後、当時の薬事法も2014年11月に薬機法に改名・改正され、GMP省令も一部改正し施行され、さらに本年8月にはさらに一部改正されて施行されている。

今般の一部改正GMP省令については、各先生諸氏が解説してくれているので詳細は述べないが、筆者としての個人的意見を率直に述べるならば、PIC/S GMPを意識してかPQS色が濃くなったが、その分、日本特有の製造販売業者に対するGQP省令との関係と相違が不明瞭になったように思える。言い方を変えるならば、形式的な連携や組織運用(悪く言えば、体裁としての責任体制)は強調されたものの、日本の“狭義のGMP(Good Manufacturing Practice)”における作業上の大事な点が益々不鮮明になってしまったと感じている。

もろ感覚的な個人的意見にすぎないが、海外企業やグローバルを目指す国内大手企業であれば、大上段からのPQSを軸としたGMPも理解し、運用可能である。が、現場からの積み重ねにより成長した、たたき上げ的な国内企業にあっては、現場の意見と実務を足固めした上でのGMPの延長からのPQSという捉え方のほうが受け入れやすいんじゃないかと思う*8
 

第7章:なんで肝心要を押さえないのか?

一方で、本話で述べたMBRについてはまったく触れられていない。筆者としては、現在でもMBRはGMPの肝であり、これ無くして本当の意味でのGMPグローバル化に至らないだけでなく*8、承認書との齟齬や不始末の低減に繋がらないと思っている*9

GMP違反だ、承認書と齟齬のある製造法のための回収だ、なんて話が後を絶たない。PQSだ、Quality Cultureだ、さらには経営陣の責任だ、なんて大げさとも言える話ばかりが目に付く。それも大事であることは理解するが、目の前のちょっとした作業に問題があれば、全体が総崩れですよね? もう一度、Good Manufacturing Practiceの基本中の基本って何なんだということを考え直しませんか? 先の立派な話よりも直ぐに実行できるんじゃないんですかね。

システムとしての、悪く言えば、理屈としてのGMPはともかくとして、製造現場や試験検査現場におけるGMPは15年前と何も変わっちゃいない。本話のMBRについても、日本では「絶滅危惧種のGMP要件」となってしまうのか、あるいは「GMP都市伝説」となってしまうのか。そう思えてしまうことが悲しく、残念でならない。

本話では、最近のジェネリック医薬品メーカーに多発している品質問題に関わると推測する筆者の“concern”のひとつを記したが、次話では、別の“concern”を紹介したい。


では、また。See you next time on the WEB.

 

【徒然後記】

食パンよりもフランスパンが好き!
この数年、高級食パンが話題に挙がる。TVで観る限り、ふわふわで美味しそうである(実のところ、食べたことがない)。でも、正直なところ、ふわふわした中身の部分よりも耳の部分のほうが好きである。あのキツネ色に焦げた部分のほうが何となく“パン”っぽい感じがして好きなのである。もっと言えば、食パンよりもフランスパンの方が好きである。特に、焼き立ての、あのお煎餅のような回りの部分、パリパリとした食感と味が大好きである。
ただ、気を付けなければいけないことがある。そのフランスパンの外側、パリパリの皮が口の中で変なポジション、縦になってしまうと恐ろしいことが起きる。なんと、口蓋に突き刺さることがある。パリパリを通り越し、バキッとした凶器と化すのである。ギャー、痛い! 口の中に血が・・・。お前がバカなだけと言われればその通りである。が、凶器と化すことも事実。気を付けましょう。
ちなみに、食べ物の恐怖(凶器)ということでは、もっと苦い経験がある。次話の徒然後記に紹介しよう。


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*1:日本では、その音韻もあってか、一般的には「ロット」が用いられているが、グローバル的には「バッチ」が用いられていることが多い。ちなみに、ICH Q7(PIC/S GMP Part II)では、「Batch(or Lot)」として区別していないが、米国cGMP(21 CFR Part210のSec. 210.3 Definitions)では、区別して定義されているのでご注意のほど。
《参考》
Batch means a specific quantity of a drug or other material that is intended to have uniform character and quality, within specified limits, and is produced according to a single manufacturing order during the same cycle of manufacture.
Lot means a batch, or a specific identified portion of a batch, having uniform character and quality within specified limits; or, in the case of a drug product produced by continuous process, it is a specific identified amount produced in a unit of time or quantity in a manner that assures its having uniform character and quality within specified limits.
 
*2:GMP省令から「製造指図」に関わる部分を抜き出すと以下の通りである。
『第十条製造業者等は、製造部門に、手順書等に基づき、次に掲げ製造管理に係る業務を適切に行わせなければならない。
一製造工程における指示事項、注意事項その他必要な事項を記載した文書(以下「製造指図書」という。)を作成し、これを保管すること。
二製造部門の責任者が、製造指図書に基づき、製品の製造作業に従事する職員に対して当該作業を指示すること。』
もし、行政の方が、ここで言う「製造指図書」の作成に必要な「手順書等に基づき」のことをMBRだと思っているのではあれば大間違いである。筆者の知る限り、「製造に関わる手順書(旧製造管理基準書を含む)=MBR」の製造所など見たことがない。
 
*3:改正GMP省令「製造所からの出荷の管理(第12条)」に記述されている『製造業者等は、品質保証に係る業務を担当する組織に、手順書等に基づき、製造・品質関連業務が適切に行われたかどうについてロットごとに適切に評価し、製品の製造所からの出荷の可否を決定する業務を行わせなければならない。』は、間違ってはいないが、あまりにも漠然としている。逆に言えば、不適切とする場合には何を持って評価、判断するかの防止策が図られているとは思えない。ハッキリ言って、「これは不適切です。」と自白するような製造部門もQCもいない。ここまで行くと、性善説を通り超え、単なる“お人好し”である。
 
*4:変更管理と言うと、承認書における一変や軽微届出を連想すると思うが、現実の作業においては、(安全上の問題も含めて)その場・その時点に限定的な緊急対応の場合も在り得る。逸脱として処理する製造所もあるかとは思うが、大事なことは、想定しうる全ての状況を考慮した現実的な対応手段を手順化しておくことである。ちなみに、「緊急時変更や逸脱措置に基づく変更=品質不適」ということではない。ただ、ここでお伝えしたいことは、「指図の変更(修正)」であるので、緊急時変更であれ逸脱処理であれ、即時でQA承認を得ておく必要があるということである。
ちなみに、あくまで筆者個人の感覚的なものかもしれないが、逸脱処理と言うと何となく罪悪感を抱いてしまうが、緊急時変更と言うと正直に対応できるような気がする。
 
*5:平成18年10月13日付 厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課 事務連絡「GMP/QMS事例集(2006年版)について」
 
*6:承認書記載事項に沿って(現実の順番は逆であるが)プロセスバリデーション(PV)が実施され、その内容については検証されているはずである。PVについては、次話で述べる予定である。
 
*7:製造現場担当者が指図に沿わないような行為を勝手に行うとは思えない(上司への腹いせといった場合はあるかもしれないが・・・)。そうなると、指図そのものを恣意的か否かは別として承認書と違えた場合ということになる。そうだとすれば、製造部門長(会社としての部長を含む)やQA、そして経営陣の問題であることは間違いない。
 
*8:PIC/S加盟は表向き(or 形式的に)はともかく、実務としてのグローバル運用を意味するものではない。敢えて言わせて貰えば、下手な小細工の改正を行うよりも、“薬機法の大改正(GQP込みの意味)”を踏まえて、PIC/S GMPへの乗り換えを検討したほうが理解も運用もしやすいのではないだろうか。行政と企業の両者にそこまでの覚悟があるかどうかは測り兼ねるが、度重なる一部改正、そして悪く言えば、大上段からの体制云々は、視線が明らかに大企業に向いているとしか思えない(大企業でも不祥事ばかりをしでかす会社はあるが・・・)。中小企業に対しては、負担をかける割には効果が薄いのではないか。悪質な企業が減少すると言うよりは、まっとうな中小企業を疲弊させるだけのような気がする。言い過ぎをお許し頂ければありがたい。
 
*9:どこまで行っても違反者(違反企業)は必ず出て来る。犯罪に匹敵すると認識していても違反する奴である。この手の者については、罰則をより厳しくすることで対応したほうが手っ取り早いと思っている(あくまで個人的疑問にすぎないが、何をしたら業許可取り消し処分になるんだ?)。GMP要件を厳格化して行っても、必ずしも当局が期待するような方向に行くとは思えない。少なくとも、お世辞にも効果的・効率的な方法だとは思えない。

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