新技術最前線 新薬開発を目指す人へ【第5回】

プロテオーム分析技術の変遷  すべての分析は自動化に通ず

はじめに
プロテオミクス (Proteomics) は、タンパク質群の組成とその動態すなわちプロテオーム (Proteome) を包括的に分析することによって、生命現象の全体像をつかむ学問です。その誕生から現在に至るまで、基礎研究ばかりでなく医療の分野にもインパクトを与え続けています。本稿では、プロテオームを分析するためにこれまでに自動化・装置化されたおもな技術を概観しつつ、今後の技術開発の方向について私見を述べます。

1.タンパク質分析の自動化
 生体分子であるタンパク質は、ヒトでは約2万種類がそのゲノムにコードされています。各タンパク質分子の発現量、大きさ、溶けやすさ(親水性と疎水性)や電気的な性質はさまざまであり、このことが全タンパク質に通用する分析手法の開発を困難にさせてきました。
 この多様性の高い分子集団が生体の構造と機能の主な部分を担っています。疾患の発症や進展にも深く関わっており、たとえば、健康診断における血液検査の項目の多くが特定のタンパク質の含有量の計測である点からも、その重要性が窺えます。
 アミノ酸配列はタンパク質を一義に特徴づけることができるため、発現タンパク質群を網羅的に扱うプロテオミクスではとくに重視されている情報です。現在までに、配列情報を取得するための、または配列情報を利用した、様々な分析手法が開発されてきました。これらの手法には、有用である一方で反応工程が多段階に渡るものや煩雑な手作業を要する手順が少なくありません。そこで、分析手法の普及、分析結果の再現性の確保、外部環境由来の汚染から試料を守ること、などが分析の自動化と装置開発への動機づけになりました。

2.アミノ酸組成分析
 アミノ酸組成分析はプロテオミクス以前からある技術なのですが、タンパク質分析における自動化の成功例として本稿の最初に挙げます。
 アミノ酸組成はタンパク質の物理化学的特性の一つであり、古くから注目されてきました。現在使われている標準的な手順は、(1) 精製タンパク質の酸加水分解(アミノ酸への完全分解)、(2) イオン交換クロマトグラフィーによる各アミノ酸の分離、および (3) ニンヒドリンによる各アミノ酸の呈色反応と検出、からなります。この一連の工程は、イオン交換カラムから順々に溶出してくる各アミノ酸を連続的にニンヒドリンと反応させるので、ポストカラム法と呼ばれています。工程 (2) と (3) が一体化した装置がアミノ酸分析計の名で各社から販売されています。その後、上記の標準手順 (1) (2) (3) のすべて、すなわちタンパク質の酸加水分解の自動化も含めた装置が開発されました(1990年代の中ごろ)。
 アミノ酸分析は現在でも食品の分野などで必須の技法です。

3.二次元電気泳動
 「Proteome」の語がはじめて使われた1993年の時点では、二次元電気泳動法はプロテオームを表現するためのほとんど唯一の手段でした。二次元電気泳動は、タンパク質をその電荷(等電点)と大きさ(質量)にしたがって分離する方法です。この組み合わせに至るまでにさまざまな二次元分離手法が報告されました。1970年代の中ごろまでに、両次元ともに変性系、および担体のポリアクリルアミドゲル、の2点を加え、ほぼ現在使われている様式に定着しました。
 本法はタンパク質分離に関してたいへん優れていますが、ゲルの取り扱いにある程度以上の慣れが必要です。このため、同じタンパク質混合物から出発したとしても、実施者の手技の習熟度によって分離像が大きく異なることも珍しくありませんでした。現在では、試料の導入から二次元目の分離 (SDS-PAGE) までを全自動化した機器が市販されています。


4.アミノ酸配列分析
 後述の質量分析計がプロテオミクスに向けて実用化される前は、アミノ酸配列分析がタンパク質の種類を特定する(タンパク質を同定する)手段として広く用いられていました。配列分析は、アミノ酸配列の一方の端であるアミノ末端(N末端)からアミノ酸を一つずつはがしていく反応(逐次分解反応)に基づきます。遊離したアミノ酸の修飾物を反応ごとに逆相クロマトグラフィーで展開し、その溶出時間からアミノ酸の種類を特定します。簡単に書きましたが、実際の分解反応の手作業は多工程にわたるため、自動反応装置の開発が必然でした。また、反応試薬にアレルゲンが含まれていたことも自動化が望まれた要因です。1980年代の最初に、現在普及している機器の原型となる装置がプロテインシークエンサー (Protein Sequencer) の製品名で上市されています。二次元ゲル上に分離された各スポットに含まれるタンパク質を同定するため、アミノ配列分析計がさかんに使われました。
 なお、アミノ酸配列のもう一方の側、カルボキシ末端(C末端)側からの配列分析についても、N末端配列分析とは別の様式の逐次分解反応が開発されました。その後数社からC末端配列分析装置が市販されましたが、N末端分析ほど普及しませんでした。より多量の精製タンパク質が必要なことと、逐次分解の繰り返し収率が低いことがおもな理由のようです。

5.質量分析
 質量分析は現在のプロテオミクスになくてはならない技法です。質量情報は分子のもつ明確な物理化学的特性です。そこで、質量分析はタンパク質/ペプチドのような高分子を相互に区別して検出することや定量のために重用されてきました。
 プロテオミクスで用いられている質量分析計の多くは、微流速の液体クロマトグラフに接続した上で運用されています(液体クロマトグラフィー-質量分析、LC-MS)。分析対象試料に含まれるタンパク質群は、LC-MSで測定しやすいようにあらかじめ特定のアミノ酸残基に特異的なプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を作用させて、短いペプチドの混合物として回収します。回収したペプチド群は、最初に液体クロマトグラフィーによって分離展開され、クロマトグラフィーカラムの出口から溶出される順に連続的に気化・イオン化されて質量分析部へ導入されます。各ペプチドの質量計測値はアミノ酸配列データセットとの照合を経て、もとのタンパク質が同定されます。また、ペプチドの検出強度をもとにタンパク質の計量値も出力されます。
 上記の手順は1990年代の後半には確立し、その後現在に至るまで各要素の整備が続けられています。なかでもLC-MS装置の進歩が著しく、測定速度と検出感度の向上、新しい原理の質量分析部の市販化など、プロテオミクス技術の発展に貢献しています。より工夫された仕様では、一度の測定で5000種類以上のタンパク質の情報を得ることができます。また、前段の液体クロマトグラフへのペプチド試料の導入から質量測定データの解析までの工程は自動制御が実現しており、多くの研究で複数試料の連続分析がおこなわれています。上記の各種分離分析法と比べてLC-MSはより微量化と自動化が進んだ分析法と言ってよいです。さらに、測定対象のペプチド断片をあらかじめ複数種類設定しておくこともできます。この仕様に適したLC-MSは、代謝酵素群の一斉定量などで成果を上げています。
 試料導入以降の自動化とハイスループット化が進んでいる一方で、それに見合うだけの試料数を供給することが現在の技術面の課題です。タンパク質の同定計量情報を分析間で比較するためには、ペプチドへの断片化を含む試料調製の工程を高い再現性をもって行う必要があります。調製の自動化も含めたプロテオーム分析システムの開発が世界各地でおこなわれています。なお、とくに臨床検体の分析においては、試料調製工程の自動化は作業者を検体由来の感染から守る意味でも重要です。

6.おわりに
 医薬分野では個別化医療の進展にともない、患者から直接採取した試料(臨床検体)のプロテオーム分析のニーズが急激に増加しています。その一方で、現行の質量分析を基盤とする測定系は、ゲノム解析と比べてとくに分析速度の面で後れを取っています。臨床研究には患者集団から取得した多検体定量データの統計解析が必須であるため、試料調製とデータ解析も含めた分析スループットの向上が急務です。
 質量分析とは別のアプローチでは、抗体や核酸アプタマーを利用したアレイ型の定量分析技術がコホート研究に採用されはじめています。これらの技術は分析対象のタンパク質の種類が決まっていますが、ニーズにしたがって定量可能なタンパク質の数をどんどん増やしています。今後は一定の網羅性を備えた一次スクリーニング法としてバイオマーカー探索に定着していくでしょう。
 プロテオーム分析の自動化とハイスループット化は、1000種類以上のタンパク質を対象とした「多項目臨床検査」実現への可能性を秘めています。今後はバイオマーカー探索に用いるだけでなく、検査への実装も視野にいれた技術開発が求められます。

 


コーディネータープロフィール

 

小出 哲司
理科研株式会社 戦略営業本部 本部長

2002年に理研ベンチャー、株式会社インプランタイノベーションズ取締役を歴任。
2007年より理科研株式会社に入社。2013年より戦略営業部の部長に就任。新規事業開発及び、企業戦略を立案実行。2021年8月より取締役常務執行役員に就任し現職。顧客の企業価値を高めるための事業推進ドライバーの創出を一貫して推進している。
 

■■■会社案内■■■
理科研株式会社
~RIKAKENは世界からの最新商品や技術を研究者に提供~

理科研は医療、医薬、農業、食品等の先進科学に関わる製品や技術を研究者に提供する専門商社です。ライフサイエンスをはじめとする様々な研究をトータルでサポートし、多様なニーズに応えています。
 『先端科学の情報発信源』を目指し、ライフサイエンスの発展に寄与する会社です。

  <お問い合わせ連絡先>
理科研株式会社 東京支社 戦略営業部  小出
TEL:03-3815-8951 FAX:03-3818-3186
E-MALE:koide-t@rikaken.co.jp
URL:https://www.rikaken.co.jp/

 


著者プロフィール

川上隆雄  博士(薬学) 
株式会社メディカル・プロテオスコープ  取締役・生体分子解析部部長(兼任)

東京理科大学大学院薬学研究科を修了後、日本グラクソ株式会社(現グラクソスミスクライン株式会社)、東京医科大学臨床プロテオーム研究寄附講座などを経て現職。学部在籍中から現在まで一貫してタンパク質/プロテオームの分析に従事している。

■■■会社案内■■■
株式会社メディカル・プロテオスコープ
設立年月:2002年11月
代表者   :大滝義博(代表取締役)
所在地   :〒236-0004 横浜市金沢区福浦1-1-1
     横浜金沢ハイテクセンター・テクノコア1階B号室(2021年4月より)
主な事業:プロテオームの受託分析、プロテオミクスの技術開発、
              および質量分析プロテオミクス技を用いたバイオマーカー探索

<お問い合わせ連絡先>
株式会社メディカル・プロテオスコープ  川上
TEL: 045-374-3361(代表)
E-mail:kawakami@medicalproteoscope.com
URL: http://www.medicalproteoscope.com/
 

以上

執筆者について

経歴 ※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

連載記事

コメント

コメント

投稿者名必須

投稿者名を入力してください

コメント必須

コメントを入力してください

セミナー

eラーニング

書籍

CM Plusサービス一覧

※CM Plusホームページにリンクされます

関連サイト

※関連サイトにリンクされます