医薬品開発における非臨床試験から一言【第10回】

2020/10/09 非臨床(GLP)

「ヒト肝キメラマウス」はご存じでしょうか? 現在ではPXBマウスと呼び、フェニックスバイオ社(PhoenixBio)から提供され、委託試験としても利用可能です。ヒト肝細胞を移植したマウスで、動物実験(in vivo)に加えてin vitroでのヒト肝細胞研究に有用です。ここでは、私に馴染みのあるヒト肝キメラマウスまたは単にキメラマウスの呼び名で話を進めます。

医療現場では複数の薬物が併用されることが多く、前回には酵素誘導を取り上げたように、薬物併用により何らかの薬物相互作用が起きる可能性があります。臨床において薬物相互作用が生じますと、薬物動態に影響を与え、血中濃度の増加や減少により副作用の発現や効力の減弱などを引き起こします。薬物相互作用を回避するためには開発初期における予測が重要となりますが、薬物代謝酵素には種差があり動物実験のみで臨床の薬物相互作用を予測するのは困難と思われます。そのため、ヒトにおける薬物動態の予測は動物実験に加えてヒト由来試料を用いた実験が大切です。

薬物動態研究にヒト肝細胞を用いることは非常に有効ですが、保存、培養などの方法論の最適化を行っても、同一ロット(同じ個体由来)のヒト肝細胞の入手が困錐(限りがある)であること、倫理性などの問題があります。そこで、「ヒト肝キメラマウス」が構築されました。いわゆるネズミ算で少量のヒト肝細胞を新生児のマウスに移植し、マウスの成長により増やして、臨床反応が観察できるin vivo(動物実験)も可能なツールに完成されています。ただし、肝臓はヒト由来ですが、肝機能以外はマウスなので、反応の見極めが難しい部分があります。

ヒト肝細胞の移植には、uPA/SCIDマウスが使用されました。このマウスは、肝臓に障害を持つalbumin enhancer/promoter urokinase plasminogen activatorトランスジェニックマウス(uPAマウス)と、免疫機能をつかさどるT細胞、B細胞を持たないSCIDマウスを掛け合わせたuPA/SCIDマウスです。つまり、マウス肝臓の肝障害のため肝細胞がヒト肝細胞に置換されやすく、免疫不全なのでヒト肝細胞を受け入れやすい環境を併せ持つマウスが使用されています。もちろん、このuPA/SCIDマウスには、研究的にラット、カニクイザルの肝細胞も移植できます。

ヒト肝キメラマウスは、2001年に初めて肝細胞研究会に報告され、uPA/SCIDマウスにヒト肝細胞を移植し、最高でマウス肝臓の96%がヒト肝細胞に置換されていました。さらに、2002年からキメラマウスを用いた研究班(研究代表者:横井毅先生)が発足し、我々も参加し、製薬企業と大学で共同研究を進めました。第9話でも紹介しましたように、我々はヒト肝細胞を用いて、mRNAを指標としたin vitro酵素誘導の評価法を確立しており、この技術をキメラマウス肝細胞に応用して、薬物の曝露による、ヒトの薬物代謝酵素の誘導をin vitro実験で予測するモデル系を検討しました。さらに、創薬において発生した薬物性肝障害に対して、in vivo試験としてヒト肝キメラマウスを用い、臨床の代替実験としての有用性を確認しました。これら2つの研究について示します。

リアルタイムRT-PCR法により、キメラマウスの薬物代謝酵素およびトランスポーターの発現解祈を行いました。この研究ではヒトとマウスのmRNA検出に交差反応性が非常に少ないことを確認しています。つまり、少量ですが混在していますマウス肝細胞由来のmRNAとは反応せず、ヒトmRNAに特異的に反応する分析法を確立しました。ここがポイントになります。

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執筆者について

内藤 真策

経歴

兵庫県出身。元(株)大塚製薬工場 研究開発部員。
医薬品開発における薬物動態からの安全性評価を専門とし、光学活性体の薬物動態、mRNA変動による肝臓の酵素誘導、薬物相互作用などの分野に注力してきた。京都大学で学位取得。現在は信頼性の基準について議論。
製薬協基礎研究部会では長年に渡り副部会長を務め、薬物動態分野のレギュラトリーサイエンスを牽引した。徳島大学客員教授、薬物動態談話会常任幹事、日本薬物動態学会および日本毒性学会の評議員を務めている。
論文は英文97報、総説3報を執筆し、共著では「ファーマコゲノミクスの進歩と創薬科学への応用」、「代謝物の安全性評価における投与量設定と投与経路選定」、「探索段階を含む非臨床と臨床段階での非GLP 試験の効率的実施事例」など10編を数える。薬剤師、趣味は写真撮影・ドライブ。

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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