ドマさんの徒然なるままに【第14話】



第14話:Into The Unknown

序章
本話は、『勝手にGMP論』シリーズ*1のカミングアウト版でもある。今回もふざけたタイトルとお叱りを受けそうであるが、かなりシリアスな内容である。

第1章:イッツ・ア・スモールワールド!?
新型コロナウイルス(COVID-19)、アウトブレイクを超え、誰がこんなパンデミック(WHOの公式発表はともかくとして、筆者の感覚では既にパンデミックである)になると思っていたであろうか*2,*3。こういう事態になると、地球がなんと“It’s a small world.”であるかも実感する。と同時に、生命産業に関わる者としては、その分だけ現在に見合ったリスク管理とは何かを再考する時期に来ていることを考えさせられる。

地球上の何処かで発生した事態が、あれよあれよと言う間にまん延する。発生源がどうのこうのと言うつもりはない。単に一昔前と異なり、地球の距離が縮まり、しかも行き来の時間が短くなったと感じさせるということである。逆に言えば、それだけまん延の範囲が広がり、かつ速度が速まっているという恐ろしさがある。


第2章:リスク管理と危機管理
筆者、政治にも政治家にも興味はない(少なくとも、今まではなかった)が、本件に対する日本政府の発表を含む対応については、率直に言って、すべてが後手に回っており、しかも理由や説明については納得のいくものに至っていない。「それはないだろー!?」、「普通そんなことするか!?」といったことが多すぎる。しかも、その内容がコロコロと変わってしまう。皆が不安を抱えている中、さらに不安を煽るような話が次から次へと。“煽り”は車の運転だけではない。当事者が限定されない分、こういう事態における政府コメントの影響は大きい。日本国民を守ることが日本政府の役目であるのであれば、リスク管理や情報管理が出来ていないことにより危機を招いてしまい、その危機管理さえも出来ていないと言わざるを得ない。

危機管理とは、「すでに起こってしまった事態に関して、それ以上悪化しないように状況を管理すること」であり、リスク管理とは、「起こりうる可能性のある危険や危機に対して備えておくこと」と言われている。今回の政府対応については、いずれも出来ていないというお粗末さが露呈している。医薬品のQRM(Quality Risk Management:品質リスクマネジメント)どころか、人生のリスクマネジメントすら出来なかった者*4にリスク管理を語る資格などないが、国民に疑問を感じさせること、さらに不信感や不安を抱かせるようなことは避けて頂きたい。


第3章:情報管理とデマ、そしてパニック管理
情報管理については、以前とは異なる媒体も絡み、新たな問題も浮上している。某国のような当局のご都合による隠ぺい的な話ではない*5。より正確で迅速な情報伝達の在り方について、ご再考頂きたい。デマの語源とも言われる古代ギリシャのデマゴーグにもあったように、いつの時代にも、またどのような場所でも、デマは起こる。現在ではSNSで、その拡散はウイルスの比ではない。悪い事態であればあるほど、デマがパニックを引き起こす。それ故に正しい、迅速な情報伝達が望まれることは間違いない。


第4章:ルールって、コンプライアンスって何なんだ!?
今回の対応については、厚生労働省と保健所と医療現場(医師)の三者に齟齬がある。患者を目の前にしてPCR検査を要請する医師、検査対象外と“決まり(上からの指示?)”を言い張る保健所、明確な方針と指示に欠き後手に回る厚生労働省。日々のニュースを見るたびに、患者を救済したい・感染を抑制したいという専門家としての医師の意見って何なんだという疑問を感じる。

この現象を敢えて医薬品の製造業者や卸売販売業者に置き換えれば、地震や台風といった緊急時の医薬品の移動や取り扱いの際に、欠品回避のために取り敢えず保管医薬品を待避させようとする現場担当者に対して、SOP記載と異なるor 業許可区域外での保管なのでGMP・GDP違反だと言い張る融通の利かないQA、後日にそれを逸脱だと騒ぎ立てる行政といった感がある。

SOPに従う、GxP遵守は、確かに法規制としてその通りである。ただ、医薬品って誰のために、何のためにあるのか。患者のためにあるのであれば、目先のコンプライアンス(悪い言い方をすれば、Bind Compliance)よりも、それが仮に逸脱状態であったとしても安定供給や患者救済に繋げることを優先しても良いのではないか。本来の医薬品の品質保証って患者のためにあるんじゃないのか。ルールだ、SOPだ、コンプライアンスだと言って、それに縛られ過ぎて柔軟性を欠くと、時に状況を悪化させ、本来の目的から逸れる場合さえあるのではないか。品質に影響のない逸脱ならば、現場の判断でやっていいんだなんてことを言いたい訳ではない。ただ、想定外の非常事態といった、止むを得ずの場合にどう行動するか、本来の目的に沿った適切な判断ができるように養成することも必要であり、それが真の教育訓練なんじゃないかと思うのである。

 
第5章:リスクベース・サイエンスベースって一般的なんじゃないの!?
2月25日に「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」なるものが通知されたが、タイミングとして遅すぎる感を否めない上に、その内容は具体性がなく、返って不安を煽り、混乱を来すような内容に思える。「今そこにある危機」、それに対して、国民や医療機関に「このように行動してください」と明確に示すだけのこと。こぞってPCR検査を求め病院に殺到する医療崩壊を懸念し、“やんわり”と伝えたかったのかもしれないが、それは時と場合、そして表現による。リスクベース・サイエンスベースって、別にGxPに限らない。国民の多くは、合理的根拠を踏まえた分かり易い内容であれば、理解し従うはず。それを気づかないのか、国民を信用していないのか。日本国民の一人として、情けない。それともCOVID-19感染以前にパニック感染を引き起こさせようとしているのかと皮肉を言いたくなる。


第6章:私は普通の人間でありたい
今回の事態においては、非常時における人間性が垣間見られる。心無い差別的対応をする者と人間らしい思いやりと優しさを示す者の両者である。前者の非人間的な者、自身が感染者となった場合にどのような気持ちになるのであろうか。いつ・どこで・どのようなルートで感染するかなど予測がつかない。誰しも感染などしたくない。それが分からないからこそ、不運な感染者は辛いのである。一方で、他者にうつしたくない、無意識のスーパースプレッダーになりたくないという思いから、隔離されても我慢し協力するのである。筆者、前向きな対応や支援をしていない。でも、心無い言動もしていないし、したくない。何も出来ない、していないならば、感染者や関係者に対して差別的扱いをしない。それが普通の人間なのではないか。COVID-19に限ることではないが、ボランティアのような立派な人間になれないのであれば、普通の人間で良いと思う。私は普通の人間でいたい。


第7章:オールヒューマンズ(All Humans?)による対応
今回のCOVID-19、パンデミックとなれば、もはや“オールジャパン(All Japan)”といったレベルを超えてしまっている。世界的規模、地球的規模で対策すべきかと。“オールワールド(All Worlds)”なのか、“ワンワールド(One World)”なのか、それとも“ワンアース(One Earth)”なのか、普通に“グローバル(Global)”なのか。表現はどうでもいいが、“オールヒューマンズ(All Humans)”としての人類一丸による対応が迫られているように思えてならない。14世紀に発生した黒死病(ペスト)、第一次世界大戦中のスペイン風邪に並ぶ歴史に残るパンデミックとなりつつある。嫌な言い方とはなるが、もはや最近のSARS・MERS・新型インフルエンザは超えてしまった。

こういう事態にこそ、オールヒューマンズでの対応や支援が大事だと考える。「山川異域 風月同天*6、別の場所に暮らしていても、自然の風物はつながっているという意味だとか。心が洗われる言葉である。今、我々に求められている心構えは、まさにコレなのでは? お互いが助け合い、地球一丸となって、この現状を打破することであるに違いない。


第8章:経験は知恵に通ず
終息に向かった暁には、今回の事態を分析し、再発防止に努めて頂きたい。それこそが、RCA(Root Cause Analysis:原因究明分析)であり、CAPA(Corrective Action & Preventive Action:是正措置と予防措置)のはず。RCAやCAPAは、GxPだけの話ではない。一般的な作業である。振り返ってみれば、日本においても2002年~2003年のSARS、2009年の新型インフルエンザによるアウトブレイクという経験はあったはず。その経験をどう活かしたのか? 正直、疑問しか残らない。経験は最大のKM(Knowledge Management:知識管理)のはず。「転んでもただでは起きぬ」は単なる諺ではない。過去の人々の“知恵”なのだ。知恵は知識を超えた状態。そうであるならば、この機会に、まだ見ぬ、新たな脅威から身を守る術について考えて欲しい。


第9章:地球生命体の超大先輩、その名はウイルス
ウイルス、その起源は現時点ではまだ解明されていない。分かっていることは、自分の力では生きることができず、周りの環境を利用して繁殖する「非細胞性生命体」という存在であるということ。ただ、感覚的に言えること。ウイルスは、ヒトが地球上に出現した時代よりも先に地球上に存在しており、地球上の生命体としては超大先輩にあたるということ。彼らは、自身の弱さゆえに、他の細胞に共生し、異常な増殖速度とその場・その時の状況に合わせた変異・変種により生き残ってきたということ。ヒトにとっては厄介極まりない相手であるが、彼らとしてはそれが生き残るための手段でしかないということ。ヒトからすれば、地球上の大先輩を相手にしての、生き残りをかけた戦いを続けてきたとも言える。その意味から、侮ってはいけない強敵なのである。


第10章:続・Psの悲劇
結果論であれば何でも言える。リスク管理の目的は、予測・予防にあるはず。ならば、今回の経験を活かして、同様の事態に対する再発防止策の向上や応用をプロアクションとして示して欲しいと願う。その点については、 「ドマさんの徒然なるままに 第6話:Psの悲劇」においても言及したつもりである。「天災は忘れた頃にやってくる」という寺田寅彦の言葉は、天災に限らない。「ポテンシャル(潜在的)リスクは、忘れた頃に現れる(顕在化する)」のである。予期しない分だけ、そのインパクトは大きくなる。だからこそ、例えばFMEAで言えば、極めて低い発生確率(occurrence)に対して、異常に大きな重大性(severity)になる。今回のCOVID-19のように、症状が出なければ感染の有無が分からないという検出可能性(detection)が低いものであれば、尚更である。


第11章:Into The Unknown
「未知との遭遇」は、「未知への恐怖」でもある。ただ、それに対して何もせず、ネグってしまえば、「無知との遭遇」に至る。誰しも、何に対しても、「未知=恐怖」であり、それ自体は仕方ない。その恐怖に打ち勝ち、次に備えることこそが大事。意味合いは異なるが、筆者としては、ディズニー映画「アナと雪の女王2」の主題歌「イントゥ・ジ・アンノウン(Into The Unknown)」の英語そのもので捉えてみたい。

少なくとも、長いこと新薬開発に携わってきたこともあり、この「Into The Unknown」という言葉は、ターゲットが画期的・革新的であればあるほど「未知への旅」となる。しかし挑戦しなければ画期的・革新的な新薬も治療も在り得ない。今回の新型コロナウイルスのワクチン開発云々といった狭い話をするつもりはない。この種のウイルス、それ自体は変異しやすいので、ワクチン開発自体も限定的かつ暫定的なものになることが想定され、あくまで事態終息に向けた個別対応にならざるを得ない可能性が高い、ただ、こういったアウトブレイクへの対応については、リスク管理としての良い経験となり対応策も検討しうるはず。むしろ将来に役立てなければ、お亡くなりになった方々の死が無駄なってしまう。過去の歴史を見ても、科学の発展は数多くの犠牲の上に成り立っている。


終章
起こってしまったこと、結果についてうだうだ言っても仕方ない。まずは事態の終息に全力投球。その後に反省材料として、事の顛末をウソ偽りも修飾もせずに真実を明らかにし、次世代に向けてCAPAを行う。2度あることが3度あったとしても3度目の被害は可能な限り低いレベルで食い止められれば良いと考える。それこそが本来のCAPAのはず。

実のところ、本話では、COVID-19によるパンデミックの事態を言いたかったのではない。その対応・対策については、医薬品開発も含めたGxPの世界にも通用するように思えるとして、一つの例として取り上げたかっただけである。リスク管理・CAPA・その他もろもろ。基本的には、GxPの要件とその対応と同じ。原点としては、冷静に、客観的に現状を分析し、最良と判断できるアクションを図ること。「備えあれば憂いなし」は、過去の賢者が我々に贈ってくれたメッセージ。それを台無しにしてしまうか否かは、我々の問題。賢者に笑われないようにしたい。

本話がウェブサイトに掲載される時点(3月13日予定)では、今回の事態が終息に向かっていないと推測する。ただ、少しでも早く終息に向かうことを期待し、経験として将来に活かすことを願いつつ、本話を閉じる。

では、また。See you next time on the WEB.

【徒然後記】
超短編小説「おでん」
その男は妻の作ったおでんが大好きだった。寒い冬に限らず、食べたくなると妻に作らせては、美味しいと言って食べていた。そんな優しい妻が、不慮の事故により亡くなった。男は途方に暮れた。
妻に先立たれた最初の冬、男は急におでんが食べたくなった。思い立ったように、セブンイレブンに向かった。大根・ジャガイモ・さつま揚げ・竹輪など、一通りのものを買い、自宅に戻り食べ始めた。一口、また一口。すると手に持った容器の汁に、ぼたっ、ぽたっと何かが垂れる。
な、なんと泣いていたのだ。
「お、おでんなんか嫌いだ。」
それがどういう意味であったのか、それ以降おでんを食べていないのか、定かではない。

 
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*1:『勝手にGMP論』シリーズ、第1弾から第4弾までは、以下の通りである。
第1弾:第5話「X+Yの悲劇」
第2弾:第6話「Psの悲劇」
第3弾:第9話「Sustainable GMP」
第4弾:第10話「世界に一つだけの GMP」
 
*2:正式な定義は知らないが、一般的には、「アウトブレイク(outbreak)」は限られた範囲における感染の流行を指し、「パンデミック(pandemic)」は感染が世界的規模に発展した状態を指すらしい。
 
*3:本話は2020年2月27日までの情報と状況に基づき執筆している。
 
*5:最初に武漢で発見した中国人医師の李文亮さん、あなたは間違いなく英雄です。我々は、あなたが友人の医師にチャットでアウトブレイクの可能性を警告したにも拘らず、そのチャットは削除され、当局から「虚偽の発言」として強制的に口止めのための署名を要求されたことを知っています。人々は、その愚かさと未熟さを反省するでしょう。あなたは無念だったと思いますが、終息に向かうことを天国から見守ってください。ご冥福をお祈り致します。
 
*6:中国語検定試験「HSK」の日本事務局が湖北省の大学などに送った支援物資の箱に記された言葉。
 

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