医薬品の外観異物検査におけるAI(ディープラーニング)の活用

はじめに     
医薬品製造において、難易度が高い工程のひとつに、製品(液剤)の外観不良や異物混入などの検査があります。例えば、高粘度の注射液に気泡が含まれている場合、気泡を完全に取り除くことが難しく、異物との判別に困難が伴います。検出レベルと良品錯誤率のバランスを取った画像処理アルゴリズムの開発や、検査装置のハードウェアの調整によって最適化を図りますが、開発期間が長期化したり、希望する結果に至らなかったりします。
 

そこで、着目されているのがAIの「ディープラーニング(深層学習)」という技術です。画像認識などにおいて高い精度を実現しつつあるディープラーニング技法により、従来は人の眼でしか判断できなかったタスクを自動化できる可能性が広がっています。本稿では、医薬品(液剤)の外観異物検査におけるディープラーニングの活用事例をご紹介します。

医薬品の検査工程の課題とAIの可能性
注射液をはじめ液剤の検査では、検査前に溶液を高速回転させ、高解像度デジタルカメラやSD(Static Division)透過光法で異物を検知する手法1が確立されています。一般的な液剤(透明で粘性のない性状のもの)では、安定した高い検出率が認められています。しかし、シリンジのような小型容器に充填された高濃度の溶液の場合は、異物が動きにくく検出率が低下します。また、製剤設計として意図された微粒子や凝集塊、ガラス粒子に似た気泡などが混在している場合、良品が誤検知されることもあります。特に高コストの薬剤では、1回の誤検知の経済的負担が大きく、焦眉の課題となっています。このような検査が難しい製品に対して、シンテゴンテクノロジーでは、AI技術を用いた外観異物検査機のパイロットプロジェクトが進んでいます。
 
1 シンテゴン独自のSD技術についての詳細:
https://pharmablog.syntegon.com/2018/04/04/evolution_sd/?ref=boschpharma-blog.com



ディープラーニング(DL)モデルの作成と実装
当プロジェクトでターゲットとなるのは、シリンジに入った粘性の高い液剤で、ゴム栓上に付着した異物の判別です。ディープラーニングの手法を採用し、検出率をさらに向上させ、誤検知の回数を低減することを目指します。ポイントは、不良品となるガラスや金属破片などの異物と、良品である気泡とを識別するために、コンピュータが学習により独自に判断基準を獲得し回答を導き出せることです。従来のように人間が複雑なプログラミングを考える必要はありません。

具体的な進め方としては、第1段階として、学習データとなる良品・不良品にラベル付けしたさまざまな画像を大量にDLモデルに読み込ませ、トレーニングします(下図の右)。DLモデルは、大量の画像データ読み込む過程で、良品・不良品の特徴をとらえ、汎用的な規則性を認識していきます。次のステップとして、認識状況をテストします。あらたに良品・不良品の画像を読み込ませ、誤判定した場合は、DLモデル内のパラメータに自動修正がかかります。このトレーニングとテストのサイクルを数回繰り返し、結果の誤差値が許容できる範囲になった段階で、学習を終了します(DLモデルのパラメータ固定)。第2段階では、既存の検査レシピ にDLモデルを統合します。そのほか、製品の特性、既存機の仕様、期待される検査精度や検査時間などのパラメータを考慮して、最終的な検査レシピを定義します。ここで重要となるのは、GMPに従って、DLモデルの電子ファイルを厳格にバージョン管理していることです。実際に生産ラインの検査機に実装する際は、この固定されたDLモデルのみを使用し、バリデーションに対応させる必要があります。
 

ディープラーニングの手法を採用しても、準拠すべき基準は従来の自動検査機の場合と変わりません。また、画像処理の精度を左右するのは、画像のクオリティであることも同様です。質の良い画像を数多く撮像すること、そのための適切な検査ステーションを設計することこそが肝要になります。
 
2 検査レシピとは、画像処理ツールの設定と容器搬送に関連するパラメータ(容器回転速度、照明輝度など)をまとめた電子ファイルを意味します。

■バリデーションの観点からみた比較
 

左図の「通常の画像処理レシピ開発およびバリデーション」(左)と「DLモデルを用いる画像処理レシピ開発とバリデーション」(右)の比較です。基本的な手順に変化はなく、検査レシピのパラメータをGMP要件に従ってバリデートする点も同じです。画像処理ツールの一部にDLモデルのファイルを用いることと、複雑かつ大量のデータ処理に適したGPU などを搭載する高性能な演算装置を用いる点のみが相違します。DLモデルは、目標の「知能レベル」に到達すると「固定」されることで、バージョン管理しバリデーション対応が可能になります。

実証試験の結果と今後の展望
生産ラインで使用される自動検査機にDLモデルを実装し実証試験を行った結果、飛躍的な改善が認められました。不良品の検知率は約5倍に上昇し、誤検知率は50%以上低減する結果となり、これは2019年のPDA Visual Inspection Forum(ワシントンD.C.) でも発表されています。検査結果だけでなく、検査機の開発の観点からもメリットがあります。エンジニアによる画像処理レシピ作成の労力が減り、より少ない画像処理ツールで、よりシンプルに検査が可能になります。ディープラーニングの技法は、標準的な画像処理ツールでは対応できない製品の検査の自動化を実現するアプローチとして、さらなる開発が進められています。凍結乾燥製剤、シリンジやダブルチャンバーシステムに充填された製剤など、検査が難しい製品の検査工程を改善していく予定です。結果として、不良品率が低下し、オーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)などの高価な製品の生産コストの低減につながることが期待されます。
 
3 GPUとは、コンピュータの描画計算を専用に行うためのハードウェアで、例えばゲーム業界で広く使用されています。
4 https://www.pda.org/global-event-calendar/event-detail/2019-pda-visual-inspection-forum

 
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【会社名変更のお知らせ】
2020年1月より、「ボッシュパッケージングテクノロジー株式会社」は、「シンテゴンテクノロジー株式会社」に会社名を変更いたしました。150年の伝統を誇るドイツ・ボッシュの一員として培った確固たる技術力を礎にし、グローバルで6100人の従業員とともに、これからも食品・医薬品のプロセス・包装機械のリーディングサプライヤーとして、さらなる技術革新を目指して歩み続けます。

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