ラボ用TOC測定の自動化とデータインテグリティ―対応の最新技術

記事投稿:株式会社ハック・ウルトラ
     岡田 政嗣、佐々木信也


1.概要
医薬品の品質管理で使われる数多くの分析装置のデータは、その分析精度やデータの信頼性およびデータインテグリティを保証する必要がある。本稿では、製薬企業のラボで使用するために設計されたTOC(全有機炭素)測定器Hach社製QbD1200のデータインテグリティへの新しいアプローチを考える。まず初めに、TOC測定のアプリケーションとその基本原理について説明する。その後、QbD1200が提供するTOC試験で有効と考えられる特長を紹介する。さらに、QbD1200のTOC測定試験の自動化の新技術およびデータインテグリティ対応を紹介する。 
 


2.製薬業界におけるTOC (全有機炭素)測定とは?
製薬業界におけるTOC測定をご存知ではない方のために、そのアプリケーションを説明する。TOCとはTotal Organic Carbon の略で、日本語では全有機炭素と表記され、水中の有機物の総量を有機炭素の量で示したものであり、有機物による水の汚濁を判定する代表的な指標の一つである。水中の有機物は多様な種類があるが、それらの有機物の量を直接に測るのではなく、他の元素量に置き換えて測る方法がとられている (参考資料6)。TOCは有機物を分解して、そこに含まれる炭素量Cを測定している。日本薬局方以外でも、厚生労働省が定める水道水質検査にTOCによる試験方法の記述がある。製薬会社では、注射用水(WFI)、精製水および洗浄バリデーションの管理に使用されることが多い(参考資料4,5,6,7)。また、工場からの排水をTOCで管理するケースも多くある。JIS K 0102「工場排水試験方法」によると、「水中に存在する有機物中の炭素の量をいう」と定義され、排水中の有機性汚濁の程度を表す一つの指標として提唱されている。(参考資料2)。
次に主なラボTOC測定器の検出方式を記述する。
湿式紫外線(UV)酸化方式
試料に酸化試薬を添加し無機炭素(TIC)をCO2ガス化し、CO2検知器にてその濃度を測定し除去した後、UV照射によって全有機炭素(TOC)を酸化させてCO2ガス化し、CO2検知器にてその濃度を計測しTOCを計測する方式。1mg/L未満の低濃度のTOC測定の精度や再現性に優れ、製薬用水のTOC試験で利用される機会が増えている。
燃焼酸化方式
燃焼管内部でサンプルを触媒とともに高熱に加熱し、燃焼させることで有機物を酸化させて生成されるCO2ガスを検知器へ運び、その濃度を計測しTOCを計測する方式。高濃度のTOC測定に向いており、河川などの環境水の測定や、製薬企業ではスワブサンプリングによる洗浄バリデーションを行う際に利用されることがある。
測定方法には様々な方法があり、今回は割愛するが、興味のある方はHach https://www.youtube.com/watch?v=lQXNGzVlo0A にて様々なTOC測定方法が紹介されているので参考にされたい。

3.QbD1200のTOC測定試験の新技術およびデータインテグリティ対応
QbD1200は、湿式紫外線(UV)酸化方式のラボTOC計であり、オートサンプラーを利用し最大64サンプルまでの連続測定を行うことができる。TOC分析では、1mg/L未満のTOC測定精度に優れているだけではなく、最大100mg/Lまでの幅広いTOC測定ができる。QbD1200では、これまでに当然にように行われていたTOC測定時に発生している課題を改善する技術を多く備えている。ここではQbD1200のユニークな技術ならびに製品開発コンセプトを紹介する。

3.1  データインテグリティが考慮された自動化
1つ目はTOC測定で必ず発生するキャリーオーバー対策である。QbD1200では、サンプル測定毎に試薬洗浄 (オートサンプラーの針先も含む) を自動的に行い、前サンプルの影響を極力少なくするプログラムを組んでいる。これにより1回目の測定から有効値として活用できる。これまでのTOC測定器は、前サンプルの測定経路にTOCが残っていると測定値が高く出てしまい、試験者はサンプルの測定前に残留TOCを除く洗浄目的のサンプル測定を行う。この測定に費やされた時間や手間は生産効率のダウンタイムを生じさせる事につながり、測定サンプルが多いラボでは管理に困難を生じる。2つ目は、サンプル測定前に行う日常点検の効率化があげられる。TOC計の日常点検の方法はTOC測定計によって異なるが、これまでのTOC測定器は、試験者が標準試薬を事前準備し、検量線による校正試験やシステム適合性試験を日常点検として実施することが多い。これらの方法では試験者の負担が大きく時間ロスも発生する。QbD1200では、酸化剤を測定するバックグラウンドテストと呼ばれる日常点検を実施する。この標準化された日常点検によって、試験者は試薬の事前準備や試験対応の負担を軽減することができている。又、日常点検からサンプル測定までを自動化した試験手順を実施することもできる。この試験手順により、試験者はQbD1200を起動後からサンプル測定を完了するまでの試験工数を大幅に省略できるようになる。このTOC測定の自動化の技術はデータインテグリティ対策にも有用である。試験者が分析装置の操作を行うことは、常に操作ミスやデータロスの発生リスクが伴うため、測定の自動化技術は試験データの高い信頼性に繋がると考えられる。当然であるが、データ信頼性の考えには、測定の自動化ができれば十分というわけではない。ラボ分析装置の試験法や試験者の考え方も大きく影響を与える。見逃されがちなリスクに試し打ち”trial analysis”がある。実際にFDAから”trial analysis”を指摘され、Warning Letterが発行されたケースも存在する“ you explained that this “trial analysis” was performed on the sample solution for conditioning …. However, your explanation did not address why the “trial analysis” was performed using a sample solution instead of a standard solution” (参考資料11)。このような試し打ちや規格から逸脱した試験データ(Out of Specification)も記録として残しておく必要がある。ラボ分析装置の試験者自身が、このような試験データの未記録、データ変更や破棄がデータインテグリティに違反するリスクがあることを認識しておく必要がある。
 

3.2  データマネージメントからのデータインテグリティの保護
今日の製薬企業のラボでは多数のコンピュータや演算処理機能を持った機器が稼働している。ラボ測定器に関するデータインテグリティというと、1997年からある21 CFR Part11 (参考資料12)や1992年に公表された EU GMP Annex11 (参考資料9)(現行バージョンは2011年に改訂)による電子データのリスクが取りざたされたことを思い出される方も多いと思われるが、2010年代になってからは、よりコンピュータが一般的に使用され、最新技術の使用をするにあたり必要不可欠になってきた時代背景もあり、各当局(MHRA, FDA, WHO, PIC/S)が次々とガイダンスを出している(参考資料8,9,10,14,15,16,18)。一方、製薬関連の団体や学会 (PDA、ISPE) では、PDA製薬学会からデータインテグリティに焦点をおいたガイダンスやレポートが発行されており、その注目の高さがうかがえる(参考資料3,13)。

日本の当局もPIC/Sへ加盟し、グローバルスタンダードへの対応をより明文化する方向で急速に動いた。厚生労働省が発行したコンピュータ化システムバリデーション (参考資料1) は記憶に新しいところである。最近はPDA製薬学会でTechnical Report No.80 (参考資料3)でData Integrity Management System for Pharmaceutical Laboratoriesというラボに特化したデータインテグリティを説明したテクニカルレポートも発行したので参考にされたい。近年は実際にデータインテグリティに関連するFDAからのWarning Letterが増えているとの報告もある(参考資料17)。データインテグリティのガイダンスを参照すると複数のレポートでALCOAの概念が紹介されている(参考資料14,16)。ここではALCOAの各項目の詳細は割愛するが、データインテグリティとは、データが、”完全”で”正確”で”一貫性”があり”信頼できる”ことと解釈でき、製薬企業のデータインテグリティ対応では、これらをシンプルで分かりやすい手順とシステムで構築することが望まれる。

A: Attributable(帰属性)
L: Legible(判読性)
C: Contemporaneous(同時性)
O: Original(原本性)
A: Accurate(正確性)

QbD1200のデータインテグリティ対応の有用な特長として、以下の3点を記述する。
 
1.専用ソフトウエア : 多くの製薬会社ではコンピュータ化システムバリデーションの解釈が複雑化しており頭を悩ましているところも多い。よく取り上げられる問題の一つに、コンピュータにつないだ際、OSのアップデートがあった場合にバリデーションし直すのか?ネットワークにつながっていない機器へのアクセスログはどう担保するか?などがある。多くの製薬会社はGAMP5に属するカテゴリーを各自で解釈し、査察の際に説明している。QbD1200は、測定器単体にOSがインストールされ、専用ソフトウエアで動作する。外部PCが要らないTOC専用器としてID管理や権限機能、監査証跡の記録、及び、それらデータを直接に外部デバイスやネットワークサーバーやプリンターへ出力させることが可能であり、コンピュータ化システムバリデーションへの対応が容易である。
 
2.データ完全性 : 多くのラボ分析装置は、外部PCに専用ソフトウエアをインストールして制御し、分析装置のデータは外部PCに転送して管理していることが多い。但し、外部PCでデータ管理を行うことは、ラボ分析装置だけではなく、外部PCに対してもデータインテグリティが求められ、二重のデータインテグリティ対策が必要になる。それに対してQbD1200では、外部PCを一切利用せずに、試験データや監査証跡を確実に残すことができる。QbD1200に保存された全データは、ユーザー権限に関わらず、全てのデータに対して一切の変更や削除を行うことができない仕様となっている。また、QbD1200は最大20GBの十分な容量のデータを保存できる。(Hach社試算では、1年間のTOC試験運用で発生するデータ容量は15MB~20MB程度)
 
3.データ管理 : 製薬会社では、分析装置のデータを外部サーバーに転送して管理することが増えている。品質管理部門の多くのラボ分析装置のデータは、LIMS(Laboratory Information Management System)を搭載するサーバーに一元的に管理され、データ完全性の担保、データ承認プロセスの電子化、MES(Manufacturing Execution System)との連携などが行われている。QbD1200では、データ完全性が担保された状態で直接にLIMS等の外部サーバーにデータを転送することができる。その際、試験結果を印刷するなどのレポート出力と同じ手順で、外部サーバーへ安全で確実にデータ転送ができる。それに対して外部PCを利用した場合は、容易にデータ転送を行うことが難しい。先に述べたとおり、外部PCへのデータインテグリティ対策が発生して複雑なシステムになること、データ転送する際のPCやネットワークへの複雑な設定変更などが発生するためである。
 
 


昨今の多くの分析装置がデータインテグリティ対応を謳っているが、それらを利用する製薬企業の視点で考えると、データインテグリティ対策ではシンプルなデータシステムの利用と査察時でも分かりやすい説明ができる手順を作成することが重要である。今回紹介したQbD1200のデータインテグリティに関するこれらの機能は、ALCOAの観点からも非常に直感的かつシンプルにデータインテグリティを担保することに寄与することがわかる。

4.まとめ
本稿では、TOC測定器QbD1200による、TOC試験者の負担を改善する新技術とデータインテグリティに対する取り組みの新技術を紹介した。特にデータインテグリティに関する規制の動向を紹介し、医薬品の品質管理ではデータインテグリティが重要な分野であること、データインテグリティは電子データの扱いだけではなく、試験者の日頃の不備をなくすことや、データを管理するシステムをシンプルに構築することが必要であると説明した。
 
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 メール   :hachjapansales@hach.com 

参考資料:
1.厚生労働省(2010)医薬品・医薬部外品製造販売業者等におけるコンピュータ化システム適正管理ガイドラインについて
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb6573&dataType=1&pageNo=1
 
2.日本電気計測工業会(2019)TOC 計測器
https://www.jemima.or.jp/tech/5-02-05.html
 
3.PDA製薬学会(2018) Technical Report No.80 Data Integrity Management System for Pharmaceutical Laboratories. 
 
4.西川 圭太(2008)バイオ医薬品製造設備の洗浄 ファームステージ 8(5), 33-36ページ, 2008-08,技術情報協会
 
5.早川 禎宏、大岸 史和(2008)HPLCおよびTOCによる残留物の測定 (医薬品設備洗浄と洗浄バリデーションの留意点) ファームステージ 8(5), 63-67, 2008-08,技術情報協会
 
6.藤澤大亮(2017)最新のTOC測定技術 製薬会社のラボにおけるTOC測定の運用改善 GMPeople, 2(12):2017.3, 情報機構
 
7.村上大吉郎(2017)洗浄バリデーションの日米欧の規制とガイドライン (特集 洗浄バリデーション 規制から査察時のポイントを解説), GMPeople 2(10), 7-17, 2017-01, 情報機構
 
8.望月清(ca.2018)ラボにおけるERESとCSV
https://www.gmp-platform.com/article_detail.html?id=428
 
9.European Commission (2011) EudraLexThe Rules Governing Medicinal Products in the European Union Volume 4 Good Manufacturing Practice Medicinal Products for Human and Veterinary Use Annex 11: Computerised Systems
https://ec.europa.eu/health/sites/health/files/files/eudralex/vol-4/annex11_01-2011_en.pdf
 
10.FDA (2018a) Data Integrity and Compliance with Drug CGMP https://www.fda.gov/media/119267/download
   
12.FDA (2018c) CFR - Code of Federal Regulations Title 21 https://www.accessdata.fda.gov/scripts/cdrh/cfdocs/cfcfr/CFRSearch.cfm?CFRPart=11
 
13.ISPE (2017) GAMP Guide: Records & Data Integrity 
   
15.MHRA (2018) GXP Data Integrity Guidance and Definitions; Revision 1 
 
16.PIC/S (2018) Good Practices for Data Management and Integrity in Regulated GMP/GDP Environments
https://www.picscheme.org/layout/document.php?id=1566
 
17.Unger Bahara (2018) An Analysis Of 2017 FDA Warning Letters On Data Integrity, Life Science Leader, Barbara Unger, Unger Consulting Inc. https://www.lifescienceleader.com/doc/an-analysis-of-fda-warning-letters-on-data-integrity-0003
 
18.WHO (2016) Guidance on Good Data and Record Management Practices (GDRP) https://www.who.int/medicines/publications/pharmprep/WHO_TRS_996_annex05.pdf

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