深層学習を超えるレザバーコンピューティングを活用した少量データの異常判定

2020/07/10 新技術

寺嶋 毅

【ノウハウ継承が困難になる製造業】     
製造現場において、加工装置や制御機器が発生する機械音はその現場毎に様々な音の特徴があります。中でも、動作不良や異常が発生する時の音は、熟練工しか分からない独特の特徴があり、耳で聞いてその音を熟知するまでは数年から数十年かかるとも言われています。しかし、近年は人材不足の影響で熟練工の育成が課題になり、音を識別するノウハウの継承が困難になりつつあります。

そこで活用され始めているのが人工知能(AI)関連技術ですが、製造現場は異常が発生しない前提でラインが稼働しており、意図的に動作不良や異常を発生させる事も容易ではないため、従来の深層学習(ディープラーニング)が必要とする大量の学習データ(ビックデータ)の入手が困難です。仮に大規模な投資をして大量のデータを作成した場合でも、現場の環境が変化してしまうと、上手く動作しない場合もあります。そのため当社では、極稀に発生する動作不良や異常発生時の音だけでも高精度に異常を識別できる、レザバーコンピューティングという技術の活用を開始しました。
 

*レザバーコンピューティングは水面などが代表される複雑系力学から由来する
 

【従来比90%以下のデータ量で精度95%】    
当社が大手メーカー様と実施した過去の実証実験では、家電製品の製造ラインやインフラ設備向けの水処理設備において、異常発生時の音のデータが従来の手法に比べ90%以下でも、95%程度の精度で異常を検知する事ができました。実証実験のデータには、加工装置や制御機器付近に数千円程度の汎用的なマイクを設置し、異常発生時の音を収集しました。異常検知モデルを作成する際は、異常が発生した際の一部分の音を当社のアルゴリズムに学習させ、最初に学習した音とは異なる残りの異常音が発生した際に、それを異常と判定できるか検証しました。広く人工知能関連技術として知られている深層学習(ディープラーニング)でも類似事例がありますが、その大部分が多くの投資をして大量のデータを作成させて対応しています。しかし、当社のレザバーコンピューティングを用いた手法の場合、従来より圧倒的に少ないデータでも同程度の精度で異常検知をさせることができました。

【重み更新不要のレザバーコンピューティング】
本技術の背景として、人工知能関連技術として広く知られる深層学習(ディープラーニング)ではなく、物理の複雑系力学で研究されてきたレザバーコンピューティングを応用して開発した当社独自のアルゴリズムが大きな要因となっています。レザバーコンピューティングとは、レーザーの波長や波動く水面など、ダイナミクス(ノイズソース)を持つさまざまな物質を利用したコンピューティングのことで、これを活用したリカレントニューラルネットワーク(Recurrent Neural Network:RNN)が、最近新たな機械学習方式として注目されています。入力層、中間層(レザバー層)、出力層(リードアウトニューロン層)の3層で構成される教師あり学習となります。
この方式では、ディープラーニングと違い、中間層を溜め池(Reservoir:レザバー)にして計算を回すことで特徴抽出を行います。そのためディープラーニングで必要だった特徴抽出機能を学習により強化する必要がなく、学習時の中間層の重み更新が不要となる特徴を有しており、学習時の計算に必要なデータ量や計算力を著しく節約することができます。
なお、溜め池にはダイナミクス(ノイズソース)を持つものであれば様々なものが利用でき、現在はロボットやタコの身体をノイズソースとして計算する仕組みが探求されています。このように狭い意味では人工の神経回路を使って様々なノイズソースを用意し、そこから適宜情報を取り出して加算し計算する新しい人工の脳型コンピュータです。


【当社独自の技術】
レザバーコンピューティングの特長は上述の通りですが、ディープラーニングに比べて精度を出しにくいという課題を有しておりました。その技術的な課題を当社独自の技術(国際特許出願中)で解消することに成功した結果、ディープラーニング(Long short-term memory:LSTM)の性能を圧倒的に超える精度、コスト、スピードを実現する多変量時系列処理(Recurrent Neural Network:RNN)ソリューションQore(コア)シリーズの開発を実現させました。
Qoreの特長は「データ波形を効率的に捉えることで、少ないデータ量でLSTMを超える分類ができる」ことにあり、個体差、環境差、時間差等の影響が大きい領域(=ルールベースの推論モデルが通用しにくい領域)において、特に力を発揮します。
例えば異常検知等においては、推論モデルを構築するためにデータを採取してみたものの、正常データこそ大量に得られるが異常データをほとんど得ることができず、LSTMではそこから有効な異常検知の推論モデルを確立することが難しいといった問題が考えられます。そのようなケースにおいてもQoreを活用することで少ない異常データから有効な推論モデルをリアルタイムに導くことができます。しかも、従来ディープラーニングで問題であった複雑なパラメータチューニングもQoreでは不要です。
 

また最近では、高い精度を維持したまま、わずか640kb以下のマイコンでの動作を実現させ、学習から推論までの機能を「Cortex-Mシリーズ」内で全て完結させることで、業界で初めて組込マイコンを使ったエッジ上での完全なRNN処理を実現しました。
 


【製造業との相性が良いレザバーコンピューティング】

深層学習は様々な分野で活用され始めていますが、全てに対して万能ではありません。深層学習で必要とされるビックデータの収集には膨大な時間とコストが発生し、モデル構築の計算量には数十万円するGPUも必要となります。その点、レザバーコンピューティングの場合はビックデータの90%以下のデータ量でも、数千円程度の手のひらサイズのCPUで同等の性能を出すことができます。製造業の場合、現場で不良品や異常が発生することは稀で、現場に無数のIoTセンサー・大規模なネットワーク・高価なGPUサーバーを用意することは簡単ではありません。レザバーコンピューティングはそれらを解決することができる技術で、ライン組み換え・レイアウト変更をしても簡単に学習ができるので、現場に合わせた異常検知を実現できます。


 
■■■会社紹介■■■
QuantumCoreはレザバーコンピューティングを基にした、「少量データ」を「エッジ上」で「リアルタイム学習」できる多変量時系列処理ソリューション「Qore」を提供しています。また、レザバーコンピューティングの研究で著名な、東京大学の池上 高志教授、はこだて未来大学の香取 勇一准教授がリサーチアドバイザとして参加しております。当社はビックデータによる作りきりのモデルではなく、個人や環境へ柔軟に対応し、人に寄り添う技術の提供を実現させます。

--- お問い合わせ連絡先 ---
 株式会社QuantumCore 事業開発マネージャ 寺嶋
 Email: takeru.terajima@qcore.co.jp
 HP:https://www.qcore.co.jp/

執筆者について

寺嶋 毅

経歴 株式会社QuantumCore 事業開発マネージャ
米国大学卒。スタートアップで新規事業立ち上げに従事後、シンガポールへ渡り富士ゼロックスにて現地スタートアップや大学機関等と、画像解析やIoT関連のオープンイノベーション案件を行う。
帰国後は、ソフトバンク・ビジョン・ファンド関連の新規事業部門にて投資先企業とのパートナーシップを行う。
現在はQuantumCoreにて、レザバーコンピューティングを活用した製品事業開発やPOC等に従事。
※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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