化粧品研究者が語る界面活性剤と乳化のはなし【第12回】

知らない間に油滴は集まる? DLVO理論

 一見、均一・なめらかで、何の問題もないように見えるクリームも、実はちょっとした課題を抱えていることがあります。それが「凝集」と呼ばれる現象です。教科書に書かれている理想的なエマルションでは、水の中には大きさのそろった油滴がひとつひとつ独立して分散して、時にブラウン運動によってゆらゆらと揺らいでいたりしますが、実際に顕微鏡で覗いてみると、大きさがまちまちなだけでなく、それがところどころに集まった塊が漂っていたりして、ありゃりゃ、という気分になったりするのでした。何種類も界面活性剤を組み合わせ、予備乳化をして、さらにホモジナイザーをばっちりかけて。じっくり時間をかけて作ったはずなのに、なんてこった!

 この「凝集」という現象、クリーミングほど問題になることはなかったりします。なにしろ顕微鏡で見なければわかりませんし、いったん液滴が集まってしまっても、何かの拍子に振動が加わったりすれば自然と再分散してくれたりするためです。ただ、できれば液滴がひとつひとつきれいに分散した状態の方が望ましいことは言うまでもありません。液滴が凝集すると、接触している部分が変形、界面膜が破れてそこから細かい液滴が合わさって一つの大きな液滴となる「合一」が起こったり、凝集した液滴がネットワーク上に連なって突然さらさらのローションがガチガチのクリームになってしまったりすることがあるのでした1,2)

 調製したエマルション中の液滴は果たしてきれいに分散するのか、凝集するのか・・・。そんなことを検討する時に使われるのがDLVO理論です。なんだか難しそうな名前ですが、旧ソ連のDerjaguinとLandau、オランダのVerweyとOverbeekというこの理論を考えた研究者の頭文字を並べたものなので、1940年代に発表されました3,4)。実はこの理論の構築にはちょっとしたドラマがあったことが知られています。旧ソ連とオランダのグループはこの理論構築のために先陣争いをしていたのですが、1941年にロシアのDerjaguinとLandau が式の導出に成功し、7年後の1948年にオランダのVerweyとOverbeek は第二次世界大戦中のためにDLの成功を知らずに本を出版し、その中で同じ式を導いていたのでした。戦後になって、オランダの二人は旧ソ連の二人のプライオリティを認めたのですが、両グループがともにこの問題の解決に大きな功績があったことから、DLVO理論と呼ばれることになったのです。

 彼らの理論では、粒子や液滴が接近すると粒子の間には互いに引き合う引力と反発する斥力が働き、そのすべてがあわさったエネルギーポテンシャルのプロファイルによって液滴の挙動が決まる、とされています。ポテンシャル中にエネルギー障壁と呼ばれるギャップが存在すればそれ以上液滴同志が近づけなくなるので、凝集は起こりませんが、障壁がないと液滴はどんどん凝集してしまいます(図)。この時、液滴間に働く力としてはファンデルワールス力という分子内における電荷分布の時間的揺らぎによって発生する引力と、プラス電荷間またはマイナス電荷間で働く静電反発力が挙げられています。

 この静電反発力、磁石を思い浮かべて、プラスとマイナスは引き合って、プラスとプラスは反発するから、そんなもんかなあ、なんてつい思ってしまうのですが、実際にはそんなに簡単な話ではないようです。実は、水の中には食塩のような電解質が溶けていて、液滴の周りには電気二重層と呼ばれるイオンの雲のようなものがあるために、プラスとプラス、マイナスとマイナスが直接反発するようなことはないのです。
 

執筆者について

経歴 ※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

連載記事

コメント

コメント

投稿者名必須

投稿者名を入力してください

コメント必須

コメントを入力してください

セミナー

eラーニング

書籍

CM Plusサービス一覧

※CM Plusホームページにリンクされます

関連サイト

※関連サイトにリンクされます