新技術最前線 新薬開発を目指す人へ【第7回】

話題の3次元培養、3Dバイオプリンティング技術でどこまでできる?

前編:『3Dバイオプリンティングの基礎~3次元培養のメリットは』

抄録
2013年3月にEUでは動物実験を用いて開発された化粧品の販売が全面禁止となりました。日本国内でも2006年の法改正により「動物の愛護及び管理に関する法律」に動物実験の大原則である3Rの原則(Replacement:代替、Reduction:削減、Refinement:改善)が盛り込まれています。研究分野においても、一般財団法人日本実験動物代替法学会が2022年11月2日に当学会による代替法を研究するための研究助成金応募要項をホームページに掲載するなど、積極的な取組みが見受けられます。今回は、その課題を解消できる可能性が高い3Dバイオプリンティング技術に関する投稿です。動物実験からの代替というだけでなく、3Dバイオプリンティング技術だからこそ実現できる3次元培養モデルと実験プロトコルを惜しみなくご紹介させていただきます。CSRという「企業の社会的責任」の実現に留まらず、CSVという自社の強みを生かした「社会との共有価値」を生み出すため一助になれることを心より願っております。


1、    はじめに

細胞培養をより生体内に近い環境で行う方法として、『3次元培養』という言葉を見かけることが増えてきましたが、再生医療や幹細胞を使ったオンコロジー、創薬、毒性評価といった現場では、現在も組織培養用プラスチック容器や細胞外マトリックス(ECM)に接着した状態で培養する『2次元培養』が主流です。しかし世界の研究者の中には、細胞そのものや生体内で取り巻く環境に近い3次元で実験したほうが、より忠実に細胞の振る舞いを評価できるのでは? と感じている方も少なくありません。

特にバイオ医薬研究では、FDAの近代化法案が上院を通過したことで、近いうちに新薬開発において動物実験の義務化が撤廃されるといった世界の情勢からも、動物に頼らない新たな評価法の体系構築の動きが広まっており、iPS細胞などの幹細胞を用いた3次元培養は現場でも増えてきています。とは言うものの、生体の環境に近い立体組織を構築して培養するには技術的なハードルが高く、また「2次元培養の方が確立している」などの理由から3次元への転換を躊躇される方はまだまだ国内にいらっしゃると思われます。

このような状況の中、高度な3次元培養を簡単に実現できるツールとして登場したのが3Dバイオプリンティング技術です。手軽な試作やDIYといった用途で工業用から家庭用まで身近になった3Dプリンティングと原理は同じですが、3Dバイオプリンティングは柔らかい材料(ハイドロゲル)でプリントを行う技術です。積層する材料はバイオインクと呼ばれるもので、様々なバイオマテリアルや細胞を使うことができます。ハイドロゲルを足場材として細胞を混ぜてプリントすることが可能なため、再生医療や組織工学分野での研究に活用されています。


2、自由度の高さ

2次元培養は方法が確立されており、コストの視点からも、研究の現場では未だ2次元培養がスタンダードです。細胞やその集合体は、生体内で3次元の環境に存在しているため、2次元という平面での培養とは違なる振る舞いを見せることが多いものの、すでに確立・実証された方法が安心、かつ期待通りの結果を得やすいとの考えから、2次元向けの細胞培養用製品や手法が多く、研究や論文でも未だ圧倒的多数を占める方法です。

再生医療の進歩などで3次元培養の重要性は増し、関心も年々高まっていますが、そのためのツールやノウハウが無い、といった不安要素が一歩を踏み出せない原因となっていると考えられます。そういった時に3次元培養を簡単に始められるシステムとして、3Dバイオプリンティング技術があります。

現在、3次元培養専用の製品や、オルガノイド、スフェロイドといった技術もありますが、3Dバイオプリンティングの良さとは一体何でしょうか?それはin vitroの組織モデルをフレキシブルかつ効率よく作れることです。これまで組織モデルは各ラボで研究者がDIYで行うことが多く、スタッフの技術やセンスに頼るなど属人的なものであり、汎用的な手段がありませんでした。3Dバイオプリンティングでは、このような作業がすべて自動化されており、正確かつハイスループットでモデル作製をすることが可能になります。また、人の手では作れないような微細なものや複雑な構造も簡単に作ることができます。トライ&エラーが必須な研究現場では、同じものを短時間でたくさん作れることは大きなアドバンテージとなります。

当社のバイオ3Dプリンタでは、バイオマテリアルと細胞を懸濁したものを「インク」として3Dプリントするだけでなく、先に構造物(モデル)をプリントしておいて後から細胞を播種する(撒く)ことも可能です。タッチパネルを使ってプリント方法を自由に変更することや、冷却や加温といった機能により、温度制御が必要なマテリアルも扱えるフレキシブルさがあります。

図1. 3Dバイプリンティングのワークフロー

インクとなるバイオマテリアルは当社が世界で初めて市販化したもので、コラーゲンやゼラチンをはじめ、生体適合性のあるマテリアルを3次元に積層できるよう物性をチューンナップしたものです。いずれも細胞の足場として機能し、バイオインク内での細胞の生育をサポートします。バイオインクの開発は専門性が高い作業ですが、当社では「届いたらすぐ使えるバイオインク」として数十種類のラインナップを揃えているためスムーズにバイオプリンティングを始められます。また、市販のソフトマテリアルや、ユーザーが普段お使いのマテリアルもご使用いただける仕様になっているので、細胞を使う研究だけでなく、マテリアル開発や工学などといった様々な分野の研究で幅広く使われています。

3Dバイオプリンティングで、オルガノイドやスフェロイドの実験系を作るユーザーもいらっしゃいますが、細胞をバイオマテリアルに混ぜた状態で3次元培養し、そこからオルガノイドに育てたり、予め作製したオルガノイドをプリントすることもできます。また、すでにある実験系に3次元の要素を組み合わせて、細胞同士の位置関係や、微小環境を再現するなど、研究をさらに発展させることが可能です。

図2. 3Dバイオプリンティングの応用分野。多様な目的での活用が期待される。


3.    初心者にも簡単!思う存分試行錯誤できる

3D造形は立体設計の知識など、難しいと思われがちですが、積層して立体を作る積層造形法(アディティブマニュファクチャリング)という意味では、フィギュアやオリジナルのパーツ作りと原理は同じなので、工作用の3Dプリンタと同じような感覚で扱えます。また、基本的なモデルの提供から、技術的なアドバイスを当社の専門チームが行います。さらに、未経験者でも簡単に3Dモデルが作れるオープンソースのソフトウェアなども活用でき、3Dプリントが初めての方でもすぐに使っていただけます。

3Dモデルを作るにはCADを一から勉強しなくてはならない時代もありましたが、ソフトウェアの進化のおかげで直観的に操作でき、初心者にも使いやすい製品になっています。そのためシンプルなモデルであれば、30分ほどでどなたでも作れるようになります。

作りたい構造が決まっていれば、鋳型を使って3Dモデルを作る方法もありますが、特に研究の初期段階では最適な条件出しを試行錯誤することが多いので、費用の面でも作業時間の面でも軌道修正するのが難しく、失敗した時のリスクが高くなります。一方、3Dバイオプリンティングは構造や、使うマテリアルの変更が簡単、素早く、低コストでできるので、素早くトライ&エラーができます。

複雑なモデルの作製ができるというだけでなく、研究者にとって便利なツールとして活用していただきたい装置です。3Dバイオプリンティングは簡単に3次元でモノを作ることができるので、2次元培養の先をお考えの方や、現在手作業で3次元培養を行っている方などにも知っていただきたい技術です。

次回は『応用編〜方式別バイオ3Dプリンタの使い方と今後の展望』についてご紹介していきたいと思います。

 


コーディネータープロフィール

 

小出 哲司
理科研株式会社 戦略営業本部 本部長

2002年に理研ベンチャー、株式会社インプランタイノベーションズ取締役を歴任。
2007年より理科研株式会社に入社。2013年より戦略営業部の部長に就任。新規事業開発及び、企業戦略を立案実行。2021年8月より取締役常務執行役員に就任し現職。顧客の企業価値を高めるための事業推進ドライバーの創出を一貫して推進している。
 

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理科研株式会社
~RIKAKENは世界からの最新商品や技術を研究者に提供~

理科研は医療、医薬、農業、食品等の先進科学に関わる製品や技術を研究者に提供する専門商社です。ライフサイエンスをはじめとする様々な研究をトータルでサポートし、多様なニーズに応えています。
 『先端科学の情報発信源』を目指し、ライフサイエンスの発展に寄与する会社です。

  <お問い合わせ連絡先>
理科研株式会社 東京本社 戦略営業本部  小出
TEL:03-3815-8951 FAX:03-3818-3186
E-MALE:koide-t@rikaken.co.jp
URL:https://www.rikaken.co.jp/

 


著者プロフィール


大沢 美由紀
セルインク株式会社 マーケティングアソシエイト

米国テキサス州立ヒューストン大学を卒業後、市場調査会社に勤務。その後、医療機器メーカーで、営業・マーケティングに従事。2021年4月から現職で、日本と韓国のマーケティングを担当。

 


淺田 遼
セルインク株式会社 アプリケーションスペシャリスト

筑波大学大学院 生命環境科学研究科で博士(学術)を取得。2019年4月から現職で、3Dバイオプリンティングの導入および運用における、学術・技術サポートを担当。

 

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セルインク株式会社
設立年月:2020年2月
代表者  :ポール・エリック・ガーテンホルム
所在地  :〒602-0841 京都府京都市上京区河原町通今出川下る梶井町448-5 クリエイションコア京都御車302
主な事業:3Dバイオプリンタの販売、および評価実験プロトコルに関する研究開発・支援 

<お問い合わせ連絡先>セルインク株式会社
TEL:075-746-3032
E-mail:japan@cellink.com
URL:https://www.cellink.com/jp

以上

執筆者について

経歴 ※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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