医薬生産経営論【第7回】

 還暦過ぎの団塊世代のほとんどは、失礼な言い方ではあるが、学生時代はあまり勉強をしていない。1970年安保の時代であり、過激な学生運動によりほとんどの学校は少なくとも1~2年の間、過激派学生により占拠され封鎖され、全く授業が出来なかったからである。この1970年頃が、日本における学生運動の良くも悪くも最も華々しかった時代であり、同時に、終焉のときであった。悲惨な事件が多く発生したが、この時代以降、学生たちは勉学の場に戻り学校は静かになった。
 私も団塊世代、学生時代は全く勉強していない。卒業証書はなぜか貰ったけれど、卒業式は開かれなかった。未だに何を勉強したのかよく憶えていない。それどころか、学校へ通学する道順さえ全く憶えていない。でも、なぜか、経営学変遷史の中の、F・W・テイラー(米国)の「科学的管理法」という言葉だけは憶えていた。
 
 そんな私でもなぜか就職できた。でも、私は造船会社に入りたかった。硬派を気取っていた私は男らしい仕事に憧れていた。巨大な造船所のある港町は、異国情緒豊かな素敵な町だった。
 しかし、自らの意思に反して医薬品会社に入ってしまった。その責任はロート製薬にある、と言っても、私はロート製薬に入社した訳ではないし、その頃も今も、ロート製薬とは無関係である。
 ある日、ゼミの教授が手に持っていた週刊誌を開き私にそのページを見せた。
 両面見開きの写真広告のページ。緑の芝生の広大な敷地の工場、白く美しい建物、綺麗な池があり白鳥が泳ぎ、青く澄んだ空には白鳩が飛び、白い清潔な作業着を着た女性社員たちがボートや池の畔のベンチで楽しそうに遊んでいる。ロート製薬の工場。ロート製薬の広告ページである。
 「造船会社は君には似合わない。この写真のように、若い女性がたくさんいて綺麗で楽しそうな医薬品工場の方が君には似合っている」と教授が言う。なぜ私が医薬品工場に向いているのかはそのときは聞かなかった。
 夕暮れ時の教官室に沈黙の時間が一瞬の風のように流れたが、この言葉で、あれほど強かったはずの私の意志は、ガラガラと音を立てるかのように崩れ落ちてしまった。
 若い女性が多いからではなく、「綺麗で楽しい」という言葉に、私のこころは強く魅かれたのである。
 
 入社後、地方の工場勤務となり生産管理の仕事を担当する。
 工場の全員が力を合わせ、心を込めて造った製品が工場から出荷される。その現物をその現場で自分の眼で現実に見ることができる。実体経済の片隅ながら、自分もその一員として存在している。そのことに大きな喜びを感じた。華やかな都会で働く友人たちへの嫉妬心は次第に消えて行った。そして、F・W・テイラーの書物に再び出会う。
 「地球上の富は2つの所から出てくる。ひとつは地の中、もうひとつは生産からである」という堂々たるテイラーの主張に大いに感動し勇気づけられた。そして、1912年の合衆国議会科学的管理法特別委員会でのあの有名な冒頭陳述である。
 科学的管理法は労働者から仕事を奪うものである、という世論に応える陳述である。
 「1840年頃、普通の綿布のシャツまたはキモノは贅沢品であって、中流以上の者でなければ着ることはできなかった。ところが今日、綿布のシャツまたはキモノは世界中のすべての文明国民のあらゆる階級を通して1日も欠くことのできない必需品となっている。これは何を意味するのか。それだけ大きな富が地球上に増えたということである」
 科学的管理法の目的は地球上に富を増やすこと、それだけである、という長時間にわたるこの陳述を何度も読み、私は生産という仕事を誇りに思うようになった。生命ある限り、生産の仕事をすることを、工場を大切にすることを、心の中で固く誓った。
 
 さらに、ショックを受けたのが日本の生んだ歴史的革新であるトヨタ生産方式との出会いである。「かんばん」「平準化生産」「ジャストインタイム」「シングル段取り」などなど。まるで夢の中を歩いているような思いをした。当時、出版されたトヨタ生産方式の多くの書物のほとんどを読み漁った。また、トヨタ生産方式をつくり上げた当時の副社長、大野耐一氏の講演も何度か聞きに行ったが、当時20歳台前半の私にとっては、雲の上の神様の声そのものに聞こえた。
 
 美しく清潔な工場、従業員が活き活きとして働くことに誇りを持つ工場、革新的な生産方式を持ち世界中から見学者がひっきりなしに訪れてくる工場、そうした工場を医薬品工場にも実現する、それが私の見果てぬ「夢」となった。

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