化粧品研究者が語る界面活性剤と乳化のはなし【第16回】

 

いつのまにか油滴が消える??? オストワルド熟成


 水の中を漂っていた油滴が衝突を繰り返し、いつしか一つになる・・・。合一の瞬間には立ち会えなくても、ブラウン運動によってゆらぎながら動き回る油滴を顕微鏡で見たことのある方はいらっしゃるのではないでしょうか?繰り返し加わる力学的刺激の衝撃に耐えかねて界面膜が破け、合体する。これまで紹介してきた「合一」は、処方設計者にとって最大の敵とは言いながら、比較的イメージのつきやすい現象でした。

 ところが、エマルションの中では、「ひとつひとつの油滴はそれぞれに離れて、独立して分散しているのに、大きい油滴はどんどん成長し、小さいものはどんどん小さくなって、最後は大きな液滴だけになる」という現象が起こっているのです。この話に触れるたびに、「お金は寂しがり屋、お金を持っている人のところに集まってくる」という話を思い出すのは私だけでしょうか???

 このタイプのエマルションの崩壊は「オストワルド熟成」と呼ばれています[1]。まるで、手を触れずにモノを動かす手品のようですが、仕組みはいたってシンプルです。まず、水中に分散している油滴には、内部から外側の水相に向かって油を押し出そうとするラプラス圧という圧力が加わっていて、その力は液滴が小さければ小さいほど大きく、(1)式で示すことができます。

 ここで△Pはラプラス圧、γは水相と油相の間の界面張力、rは液滴の半径です。

 この、「ラプラス圧は液滴が小さければ小さいほど大きくなる」というところが手品の種のです。小さな液滴にはより大きな力が、大きな液滴には相対的に小さな力がかかっているのですが、油はその溶解度以上に水相に溶け込むことはできません。そのため、小さな油滴はより小さく、大きな油滴はより大きくなっていくのでした。

 オストワルド熟成、何十年も昔から知られており、界面化学の教科書にも必ず書かれているのですが、いまひとつよく分からない部分も多く、関連する論文もクリーミングや合一に比べて多いとは言えません。なにそろ、一般に、エマルションの安定性へのラプラス圧の影響が顕著になるのは、油滴の大きさが100nmよりも小さい、いわゆるミニエマルションの領域だと言われており、このサイズになってしまうと、もはや光学顕微鏡で観察することもできないのでした。

 しかし、難しいからと言って、ほおっておくわけにもいきません。ローションをしばらく棚の中に置いておいたら、油のツブツブが浮いてました!なんてトラブルを避けるためにも、一見何の問題もなさそうな透明&さらさらタイプの製剤の中で何が起こっているか、きちんと見定める必要があるのです。そんな時に使われるのが、オストワルド熟成の理論です。これまでに、オストワルド熟成によってエマルション中の油滴が成長するときは、式(2)が成り立って、油滴の半径の3乗が時間に比例して大きくなることが報告されています[2]。

 ここでtDcVmRTはそれぞれ時間、拡散係数、溶解度、モル体積、気体定数、温度を示しています。ローションの中の細かい油滴の大きさを動的光散乱法で定期的に測定していたら、この式におおむねあてはまった、というデータを見せられたことがあり、ああ、物理の理論ってすごいなあ、と感動したことがありました。
 

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