新・医薬品品質保証こぼれ話【第35話】

執筆者の連載をまとめた書籍を発刊「医薬品品質保証のこぼれ話
 

危機感と真剣度


福島第一原子力発電所の核燃料処理水の海洋放出が決定され、先日(2023年8月24日)より放出が開始されました。中国はこの対応についてこれまで一貫して反対していたことから、放出開始後の反発が予想されましたが、実際には、日本産水産物の全面輸入禁止、ホテル等へのいやがらせ電話、日本大使館への投石、処理水に関するフェイク動画の拡散など、想定を超える反対行動が見られ、多くの日本国民がこのような稚拙で乱暴な反対行動に心を傷めています。

放出される液体の安全性はIAEA(International Atomic Energy Agency:国際原子力機関)の監査の下に保証され、欧米各国をはじめ多くの国の理解を得て放出に至ったわけですが、この安全性を根拠に政府は一貫して放出液を「処理水」と呼んできました。しかし、中国ではこの放出液が安全ではないとし、それを誇示するために「汚染水」と表現して世界に向けて発信しています。

こういった状況の中、8月31日、野村農林水産大臣はインタビューに応じたコメントの中で、放出液を中国が言う「汚染水」と発言し、物議をかもしています。“海洋放出”の問題は国民の多くがその行方に関心を持ち、心配もしてきた重大な課題であり、風評被害など、直接その影響を受ける福島の漁業を生業とする方々の心中を察すれば、発言に際しては慎重の上にも慎重に言葉を選ばなければならないはずです。まして、この問題を所管する省庁の一つである農水省のトップであれば、首相以上にこの問題に対し危機感を持ち、細心の注意を払い対応すべきことは当然です。

人間はもとより完全ではなく、失言は誰にもあります。しかし、このような極めてセンシティブな事案に関して、その最高責任者の一人としてこの失言は余りにも軽率であり、この課題に対する危機感や取り組みへの真剣度が問われてもしかたがないでしょう。また、こういった発言が不用意になされることは、普段から“現場(福島の皆さまなど)に寄り添っていないことの証”とも受けとれます。さらに、今回の「汚染水」発言は中国の“思う壺”であり、政治・経済・外交等、対中国対応の観点からも不利な状況を招く要因になりかねず、謝罪・撤回して済む問題ではないでしょう。

上記のような、組織のトップあるいは上層部の重大事案に対する認識の低さが、状況を悪化させ大きな波紋を呼ぶ事例は枚挙に暇がありませんが、医薬品業界もその例外ではありません。これまで、違法製造をはじめ様々な不祥事が発生し、この数年間に入念に点検や改善が繰り返されてきましたが、未だ、医薬品回収があとを絶たないのは、長年にわたる経営幹部の品質に対する意識の低さが少なからず影響しているのではないでしょうか。

ちなみに、直近の回収報告を見ると、日医工や他の後発医薬品大手などに、“安定性モニタリング”に際する溶出試験の規格不適合を理由とする事例が散見されます。溶出試験は先発医薬品との同等性を示す試験であることから、後発医薬品にとっては生命線とも言える試験であり、特に重要であることは言うまでもありません。この問題に関しては、PIC/S-GMPへの整合化により安定性モニタリングが要件化されたことが関係していることは周知のとおりです。

安定性モニタリング、すなわち、“長期安定性試験”は“PIC/S-GMP整合化”前から実施が求められていたことを思うと、これほどたくさんの品目・ロットにおいて不適合が見られ、回収に至るのは少し不思議な気もします。これについては、試験条件の微妙な差異等の影響も考えられますが、以前は自主的な運用に留まり、企業内のみの確認であったことから、試験結果の評価など“実施態様”に厳格さが欠けていたのかも知れません。
 

 

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