医療機器の生物学的安全性 よもやま話【第66回】

発がん性の評価

 発がん性は、適用部位が皮膚や粘膜以外で長期間接触する医療機器について評価する必要がありました(試験ではなくあくまでも評価です)。第63回でお示ししたとおり、次回のISO 10993-1の改訂では、粘膜接触の医療機器についても考慮する必要が生じることとなりそうです。

 発がん性試験については、第39回に記事にしていますが、たいへんな試験で、3年程度の時間と億単位のコストが必要であるため、そうそう実施できるような試験ではありません。
したがって、遺伝毒性試験結果や世の中にある発がん性データを用いて評価することになります。
 今回はどのように発がん性を評価するかということについて、悩ましいケースを例示して評価の要点について私見を述べたいと思います。

 一般的に医療機器で発がん性陽性の材料を利用するケースはまずないと思いますが、例えばニッケルはどうでしょうか。形状記憶合金としてNi-Ti合金はステント等に使われていますが、50%程度ニッケルが含まれています。ステンレス鋼として医療機器では古くから利用されているSUS 316Lには、ニッケルが10%以上含まれています。国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer, IARC)では、ニッケル化合物はグループ1(ヒトに対して発がん性がある)、金属ニッケルはグループ2B(ヒトに対して発がん性の可能性がある)と分類しています。ちなみに遺伝毒性については、判断できないとされており、活性酸素種の生成やDNA修復阻害などにより遺伝毒性の可能性があるようです。

 こうなると、ニッケルを使って大丈夫かと思いませんか。
 100円玉にはニッケルが25%も含まれていますが、汗をかいた手で100円玉を握りしめていると、おそらく多少なりともニッケルは溶出します。手のひらにケガでもしていたら、吸収されるかもしれません。
 ただ、純ニッケルとは異なり、合金になっているニッケルは溶出しにくいのは事実です。SUS 316Lを様々な溶液に浸漬して、金属イオンの溶出量を調査した研究があります(Okazakiら, 2005)。プレート状の金属板を細胞培養液や生理食塩液、0.01%塩酸などの中で37℃7日間、炭酸ガス培養器という生体内の環境に近い二酸化炭素環境に置いて、各液中に溶出した金属イオンを調べた結果、ニッケルについては、最も溶出量が多いのが0.01%塩酸で0.15 μg/cm2/週、次が培養液で0.13 μg/cm2/週程度とのことでした(数値は文献の図から読みとりました)。培養液は血液模擬溶媒として考えられますので、例えば循環血液中にステンレススチール製のステントを10年間適用した場合、10年は520週ですので、0.13 × 520 = 67.6 μg/cm2のニッケルイオンが放出される計算になります。ステントの表面積のデータはあまりありませんが、直径4 mm、長さ 40 mmの筒状のステントで、網目状の部分がみかけの筒状の表面積の1/10だったとすると、表裏の表面積はだいたい1 cm2程度かと思われますので、ちょうど70 μg弱のニッケルイオンが10年をかけて溶出するという見立てになります。

 

 

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