ある監査員の憂鬱【第3回】
監査あるあるケーススタディ
本稿はフィクションを含みます。実在の地名、人物や団体などとは関係ありません。でも、監査経験の浅い皆様の不安を和らげたい、お役に立ちたい気持ちと、お伝えしたい情報に偽りはありません。
監査では現場ツアーに行く前にトイレに行かせて頂くことにしています。監査先の方にアテンド頂き1次更衣に、2次更衣をした後に、「ちょっとトイレへ・・・」とは気軽には言えないですからね。先日もある工場でツアー前にトイレをお借りしましたが、トイレの扉を開けた瞬間、「!」っと一瞬、思考が止まり、「報告書、大変かも・・」と心の中でつぶやきました。いや、大したことではないんです。ただ、トイレのスリッパがあっちこっち向いて散乱しているだけなんです。でも、この予感、あながち外れていないのは皆さんも経験的にご存じではないでしょうか。5Sという基本が組織の隅々にまで浸透していなければ、トイレのスリッパは散乱するわけで、やはり監査においても製造や試験エリアでは整理整頓など基本的なことで気になることが多く、Mix-upのリスクといった、より深刻な問題を懸念してしまうことになります。
こんな感じでトイレのスリッパひとつでちょっと憂鬱になったりする私ですが、今回は監査の時によく見かける「あるある」をテーマに書いてみたいと思います。自社のトイレのスリッパに自信がある方も、ない方もお付き合いいただけますと嬉しいです。
1. ケーススタディ①:「ヒューマンエラー」のその先へ
多くの工場が時間と労力をかけて逸脱調査を行い、真面目にCAPAを策定しています。しかしその報告書を前に、「本当にそれで大丈夫ですか?」と言いたくなるケースがしばしばあります。その代表格が結論を「ヒューマンエラー」に帰着してしまった逸脱調査です。多くの担当者はセミナーや本などで学び、「ヒューマンエラーを根本原因とすべきではない」と頭では理解しています。しかし、取られた是正措置を見てみると「再教育の実施」「手順書の読み合わせ」「定期教育の頻度を上げる」などが連なり、結果、“人が失敗したから、人を教育する”というところに落ち着いてしまっているのです。なぜこうなるのか。それは「なぜなぜ分析」が、あまりにも素直に、以下のような道筋を辿ってしまうからです。
1.なぜ逸脱は起きた? → 作業者が手順書と異なる操作をしたから。
2.なぜ異なる操作をした? → 作業者が手順を十分に理解していなかったから。
3.なぜ理解が不十分だった? → 作業者の訓練が不十分だったから。
★是正処置(CAPA) → 作業者への再教育を実施し、理解度テストを行う。
誰の目にも担当者のミスが事の発端である以上、この結論に至る気持ちはよく理解できます。実際、監査の際にも「教育訓練から先にどう展開したらいいかがわからない。」といった声が聞かれます。しかし、これでは単なる「犯人探し」になっており、私たち、監査員は再発を危惧します。また、私たちが本当に知りたいのは、個人の能力ではなく、「なぜ、このシステムは担当者のエラーを許してしまったのか?」という、組織としての課題とそれをどのように解決したかということです。
このような是正措置の場合、私は担当者の方にいくつか問いかけてみます。根本原因を探る視点を、少しだけずらしてみるための問いです。
「この手順書は、誰が読んでも同じ解釈できるように書かれてますか?」(文書設計の問題) 「この装置は、そもそも手順と異なる操作をできてしまう仕様や設定になっているんですか?」 (設備仕様/設定の問題)「作業は何名で実施するんですか?いくつかの工程を同時に担当する状況ですか?」(人手不足などマネジメントの問題)
これらの問いの主語は「人」ではありません。「手順書」「装置」「組織体制」といった「システム」です。
コメント
/
/
/
コメント