製造業に令和のゴールドラッシュが静かに始まっている【第2回】

第2話:空間を掘る者たち

― 現場に眠る"データの鉱脈"を握るエンジニア ―

「このバルブ、以前はどっち向いてたんだ?」
現場検証の場で問われても、誰も答えられない。記憶は曖昧で、図面には姿勢まで記されていない。その沈黙が、判断を遅らせ、コストを膨らませる。

一方、別の現場では——
 「ここに正常時の点群データと360°パノラマ画像があります」
 その一言で、議論は透明になった。

この差を生んだのは、当たり前にそこにある物理的空間を「今、掘っておくべきだ」と判断した設備管理者の先見性だった。


1. 空間を掘る者とは誰か

第1話で、現場の思考インターフェースが「情報」から「空間」へ移行しつつあると述べた。しかし、空間は放置すればただ風化して消える。空間を未来に残すためには、誰かが意図を持って「掘り起こす」必要がある。

配管、鋼材、バルブ、足場、ケーブル、臨時配管の取り回し、作業動線、作業姿勢——。
プラントには無数の"物理的痕跡"が眠っている。だが、これらは掘り起こされなければ、静かに無へ還る。

点群・360°パノラマ画像・POIという「原石」

3Dスキャンの点群は、空間そのものの座標を掘り出す装置だ。
360°パノラマ画像は、その瞬間の空間全体を丸ごと封じ込める。
 POI(Point of Interest)は、文字通り検査員や巡回者の目に留まった変化の兆候をマークする"鉱脈の目印"になる。

  • 点群 → 空間の骨格という地層を採掘する
  • 360°パノラマ画像 → 瞬間の空気と動きを採掘する
  • POI → 異変の走るラインを採掘する

これらはすべて加工前の鉱石だといえるだろう。
価値は、どこに向けてスキャナーを構え、どの瞬間を切り取り、どこにマーキングするかで決まる。

AIは鉱脈を指さない

腐食は低点に集まる。
金属疲労は熱影響部と密接な関係がある。
乱流は配管の曲がり具合によって共振を生む。
臨時配管は作業者の利き手によって角度が変わる。

これらは教科書に載っている原理原則だ。しかし、「この配管のこの箇所」に腐食が来るかどうかは、教科書では分からない。その空間に何年も身体を置いた人間だけが知る"現場の重力"がある。

スキャナーをどの高さで構えるか。
パノラマ写真をどのタイミングで撮るか。
POIをどこに打つか。

この判断の差が、後工程では数百万〜数千万円の差になりうる。

AIは高速に処理するが、"どこを掘ればいいか"は今はまだ教えてくれない。配管が密集するプラントに潜む、外面腐食、保護材下腐食、疲労、摩耗、干渉、応力歪みが生む"重力場"——図面にも表れないその"場の重さ"を嗅ぎ分けられるのは、現場を知るエンジニアだけだ。

令和のゴールドラッシュにおける"金鉱脈"は、現場の空間に眠っている。
そして、その鉱脈の場所を導くのはAIではなく、現場を読み解けるエンジニアの身体感覚である 

 

 

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