ドマさんの徒然なるままに【第85話】 お宅はどうですか?/Part 2(治験薬編)

第85話:お宅はどうですか?/Part 2(治験薬編)

Part 2(治験薬編)のはじめに
前第84話のPart 1(情報編)の続編です。このシリーズの趣旨は、GMP違反とはならないものの実運用においては盲点になっている可能性があるかもしれない、自身(自製造所、自社)では気づきにくい点について、筆者の師匠で市販製品と治験薬の二刀流QAをやってきた古田土真一先生と共著で書いています。

なお、Part 2の本話については、治験薬GMP組織、特に治験薬QAにありがちな点にフォーカスしていますが、背景には「市販製品GMP組織(場合によってはGQP組織)が協力してあげれば良いのに・・・」ということがあります。ということで、治験薬GMP組織に直接携わっていない市販製品関係の方もご一読ください。自分たちの「グローバルGMPの本質」の理解促進にも繋がると思います。
 

● 治験薬GMPとしての変更管理の起点が不明な会社さん
【素朴な疑問】
治験薬GMPとしての変更管理の起点を「変更管理に関する手順書」に明記していますか?
 

【懸念事項】
治験薬GMPにおいては、市販製品の変更管理と異なり、承認書といった明確な起点となるものがありません。では、貴社としてどのように起点をSOPに記述していますか? 

【個人的提案】
実のところ、判断基準は明確です。原薬であれば、前臨床試験に使用した原薬が起点となります。理由は、前臨床試験時の安全性の結果を踏まえてヒト臨床試験(治験)に入ることになります。そのため、前臨床試験時の不純物プロファイルと科学的に同等もしくはそれ以上と言える治験原薬でなければ、危なくて使えません。よって、以降の改善・改良としての変更については、前臨床試験時の不純物プロファイルとの相違に着目せざるを得ないと考えます。
一方で、製剤については、通常、前臨床試験時は、原薬を微粉化したものをカプセル充填して飼料とともに投与したりするだけで、治験のPhase 1で初めてヒト投与のための暫定処方(プレフォーミュレーション)で行うことが多いと思います。そういったことから、この段階の製剤が治験薬GMPにおける製剤開発の起点と言えます。

【お節介な本気コメント】
治験薬GMPにおける変更管理は、別の言い方をすれば、医薬品開発における改善・改良の歴史でもあります。その意味で、起点は非常に重要です。品目によっては、処方のみならず、製剤形態そのものが変わることさえありますが、考え方自体は同じはずです。何故に変えざるを得なかったかも含めて、その推移を正確に残すように心がけるべきです。「開発段階における変更管理 = 開発の歴史 = 開発レポート」だということを常に意識しておきたいものです。
 

● 治験薬GMPにおける突発的逸脱時の緊急対応が曖昧な会社さん

【素朴な疑問】
治験薬製造においては、開発段階ということで、製造方法や条件も未確立のため、特にPhase 1といった初めての治験薬製造においては、実験室からいきなりそれなりの大スケールとなるため、どうしても逸脱が起きやすい。では、予期しない(想定さえしていない)暴走とも言える逸脱が発生した場合、どうしていますか? 治験薬GMPにおける逸脱処理ですか? 勿論、それはそれで対応するでしょうが、突然の対応(緊急処理)として、どうしていますか? そういう事態についての対応をSOPに明記していますか?

【懸念事項】
「治験薬GMPにおける逸脱処理を行います」と言えば聞こえは良いが、原因究明や逸脱報告書の作成云々では間に合いませんよ。市販製品のようなプロセスバリデーションを実施していない、ある意味では治験薬製造施設・設備を使っての一発勝負的な状況であることから生じる不測の逸脱(事態)については、通常とは異なる対応が必要になるんじゃないですかね。

【個人的提案】
お宅には、「緊急時逸脱(Emergency Deviation)」といった事項の設定、明記はありますか? まずは作業員の安全を第一優先し、根本原因や報告書といったものは、多少遅れても開発作業の一環として改善・改良に繋げる工夫です。
また、治験薬の製造は、CMCの技術者・研究者が開発業務の一環として自身で行うことが多く、彼らは技術者・研究者としてのプライドが高いとも言えます。そのため“逸脱”と言うと反感を覚える人もいるでしょう。こういう事態や意識も踏まえて、変更管理の一環として「緊急時変更(Emergency Change)」という事項を設定、明記しては、いかがでしょうか。当然、逸脱管理における「緊急時逸脱」ともリンクさせての話ではありますが、技術者・研究者のプライドも傷つけず、また彼らの意欲を減退させることもなく、GMP要件としては適切に対応できると思います。
治験薬GMPという医薬品開発において重要なことは、変更か逸脱かの名目(分類)ではなく、当該治験薬を治験に使用可能として対処し治験を遅らせない。と同時に、続く医薬品開発の次のステップに繋げることだと思います。「転んでもただでは起きない」が筆者の研究者時代のモットーでした。

【お節介な本気コメント】
Phase 1の治験原薬製造は、危険を伴うことが多い。どんなに実験室のコルベンワーク(ガラス器具による実験の意味)でデータを集めても、スケールだけでなく設備も異なる状況での製造には、実験室では再現できないファクター(物理化学的、化学工学的なものが多い)が要因となる現象が生じることも多々ある。作業員の安全を第一として、管理職の皆さんは、結果を責めないで欲しい。
 

● 製品品質照査についての認識が乏しい治験薬GMP組織の会社さん
【素朴な疑問】
「治験薬GMPにおいても製品品質照査(or 年次品質照査)は求められますか?」といった質問を受けることがある。本邦の治験薬GMP基準にもPIC/S GMP Annex 13にも、要件としての記述は無い(PIC/S GMPのPart IとPart IIには規定)。じゃー、記述されていないから単純に不要と考えて良いものだろうか。
《注》Annex 13は、治験薬の製造に特化したPart I(製剤)とPart II(原薬)の上乗 せ基準であり、Part I and/or Part IIは基本的にかかっています。特に、現在パブコメ中のPart IのChapter 1(Pharmaceutical Quality System)改訂案においては、製品品質照査について、以前より詳細に記述されています*1
 

【懸念事項】
この手の質問者、必ず「治験薬GMPにおいても」と質問してくる。要は、本人としては「不要」と思っており、筆者に「不要」との同意をさせたいものと想像する。では、本当に不要なのか、読者として考えて貰いたい。

【個人的提案】
治験薬の場合、治験が順調に(想定どおりに)進んでおらず、1年以上も製造が中断することは少なからずある。では、製造作業が無い期間、何もしていなかったのでしょうか? 例えば、変更管理としての改善や改良の検討もしていなかったのですか? 通常、製造作業中に変更などしないですよね。もし作業中に何らかの変更をせざるを得ない状況であったとしたら、やむを得ずの話で、逸脱が発生してアタフタした場合(まさに先述の緊急時変更といった場合)なんじゃないですか? 
市販製品の変更管理だって、変更の検討があって、場合によってはプロセスバリデーションまでした上での軽微・一部変更なんじゃないですか? 株価操作のための実質ペンディング*2の開発品でもない限り、一般的には、製造期間外に改善・改良のための検討をし、データを集めるんじゃないでしょうか。そうだとしたら、製品品質照査(or 年次品質照査)として残すかどうかは別としても、その検討概要なりは、将来の「開発レポート」のためにも残しておくべきなんじゃないですかね。
また、治験の最中であれば、臨床開発部門からの何らかの情報(苦情の類)だって在り得ますよね。結果として品質以外の問題であったとしても*3、まずは品質に関する要確認(調査)の依頼があるんじゃないですか?
そもそも「(治験薬・市販製品に関係なく」GMPで求められる記録」とは、何も事が無くとも「●●のため、該当する■■が無かった」というのが記録であり、そういったことが残されていないことは、時に問題が生じますよね。例えば、「▲▲日常点検記録」の中で「不要な項目の空白は必ず斜線等を施した上で記入者のイニシャルと日付を施し、チェックし忘れではないとしなさい」と教わりませんでしたか?「何かしたから記録を残す」だけでなく、「何もしなかったことの記録」もGMPにおいては大事なんですよ。覚えておいてくださいな。

【お節介な本気コメント】
GMP要件として書いてある/書いてない、を理屈として言い出すことは、Blind Complianceを誘発する原因となります。本項の製品品質照査(or 年次品質照査)について言えば、これ自体は治験薬GMPとしての要件としては記述されていません。が、変更については、WHOの治験薬のGMPガイドラインに「開発段階における全ての変更を管理・文書化・記録として保存すること」とあり、一般原則として必須です。さらに言えば、直接的に要件とする項目は無かったとしても、「これこれは必要である」とした意味合いで、どこかの項目(複数個所の場合もある)に分散して記述されていることが多いです。それを読み取れないのは貴方の問題であって、規制当局の問題ではないと言わざるを得ません。GMPとは、本来、そういった読み方で理解すべきものなのです。
 

● 原材料サプライヤーに対する監査が必要か否か悩む治験薬GMP組織の会社さん

【素朴な疑問】
原材料サプライヤーに対する監査が必要か否か悩む治験薬GMP組織の会社さんは結構多いんじゃないでしょうか?

【懸念事項】
汎用原材料であれば、貴社の市販製品の製造所でも当該原材料を使用している可能性が高く、そうであれば、製造所から情報を貰えば良いだけでは? Part 1(情報編)に記したコミュニケーション不足では?
非汎用の特殊原材料であれば、“言わずもがな”と言ったら、失礼でしょうか。

【個人的提案】
汎用原材料であれば、治験薬製造に向けた実験室での検討時から実生産工場と同じ会社の同グレードのものを使用すれば良いだけなんじゃないでしょうか。もしそうではなく、実験室で良く用いる試薬類のもの(例えば、ナカライテスクとか東京化成工業といった試薬屋さんの、しかも特級グレードのもの)で検討していたとすれば、遅くとも治験薬製造に入る直前までには、実生産と同じものを使って確認するんじゃないでしょうか。治験薬製造には、工業化検討の意味合いもあるんじゃないでしょうか。
非汎用の特殊原材料であれば、それを使わざるを得ないという訳であり、それは当該治験薬の製造に必須ということですよね? そうだとしたら、先々の市販化に向けて、今後も使用することになる訳ですよね? 原材料であっても品質リスクが高いと思われますので、良識的に考えれば、(相手がアクセプトしてくれるかどうかは別として)監査をかける(かけられるようにお願いする)んじゃないですか? 
この開発品目、承認申請まで辿り着けず、治験のどこかの段階でドロップアウトするから、そんなことまでする必要は無いってか? 申し訳ありませんが、貴方、医薬品開発に携わる者として失格です。

【お節介な本気コメント】
ICH Q9(品質リスクマネジメント)は、別に製造工程に限定している訳じゃないですよ。あくまでリスクマネジメントの各種手法を用いて、品質への影響評価をリスクとして捉えるというだけですよ。原材料だって同じなんじゃないですか? 現在パブコメ中のPart IのChapter 1(Pharmaceutical Quality System)改訂案においても、ICH Q9(R1) に合せて、以前より詳細に記述されていますからね*4
率直に申し上げて、この手の質問をしてくること自体が理解できません。もっとハッキリ言わせて貰えば、お宅、品質リスクマネジメントをちゃんとやっていないんじゃないですか? 少なくとも、査察や監査では、そういう風にみなされても仕方なしと言えるんですが・・・。
 

● 原材料の参照品(Reference Samples)の保管が必要か否か悩む治験薬GMP組織の会社さん

【素朴な疑問】
治験薬の製造に使った原材料の参照品(Reference Samples)の保管が必要か否かについて悩む治験薬GMP組織の会社さんが少なからずあります。

【懸念事項】
前項の原材料サプライヤーに対するオーディットと理屈としては同じですね。原材料の使用目的と使用方法について考えてみてください。それも品質リスクマネジメントなんじゃないですか?

【個人的提案】
前項と同じで、汎用なのか特殊なものなのか。資材関係であれば、直接薬剤に接触する一次包材なのか否か。当該治験薬の安定性との関係がどの程度なのか。初めての会社さんからの購入品なのか、同会社の類似品の使用実績があるのか否か。などなどをチェックすることで、ある程度読めるんじゃないですか?

【お節介な本気コメント】
この手の質問をして来られると、申し訳ありませんが、筆者としては「この会社、参照品の意味合いが分かってるんかなー? 市販製品も危ないんじゃないかなー?」と思ってしまうんですよ。
必要か否かは、あくまで自組織としての判断ですよ。他者に聞いて判断すること自体が疑問符なんですよ。それを理解しないと、査察や監査で痛い目に遭いますよ!
 

Part 2(治験薬編)のおわりに
法規制として規定された事項を実行することは、それこそ“Compliance”として当たり前のMinimum Requirementでしょう。でも、現実に目の前で実施している作業では、想像さえしていないことも発生します。それらについては、法規制として明記されていないからやらなくて良いのでしょうか? 法規制の記載事項を部分的にではなく、全体を通してよーく(俯瞰的に)読んでみてください。真に求められる“要件”は、他の事項の中にちりばめて書かれていたりするのです。それらを満たさなければ、本当の意味での“Compliance”とは言わない。そう思っています。そして、それをどう読みとるかは、“貴方”にかかっています。時代と伴に法規制は変わります。しかし、法規制の改正以上に必要かつ大事なことは、貴方自身の成長だと思います。いかがでしょうか。

本Part 2では、治験薬GMP組織に多い、疑問を感じさせる事項についての見解を述べました。欧米では、開発段階にある治験薬も法的には承認後の医薬品と区別していないということも念頭に置き、開発部隊として何が必要かを真剣に考えていただきたいと思います。

次話Part 3(曖昧編)では、GMP実行部隊として意外と明確になっていない運用部分について、事例的にお伝えしたいと思います。


では、また。See you next time on the WEB.



【徒然後記】
外国の匂い
読者の皆さん、海外旅行でも海外出張でもいいのですが、「日本と違うなー!?」と思う瞬間はどういう時ですか? 筆者が一番感じるのは、空港を出た瞬間の外気の“匂い”である。勿論、気温や湿度の違いも感じるが、それらは渡航時期にも依り変わる。ただ、匂いだけは、渡航時期に関わらず、差はあるものの、その地域独特のものを感じる。少なくとも、明らかに日本とは違う。日本では嗅いだことが無い匂いである。
大方の国際空港は、Duty Free Shoppersの化粧品売場のパフューム類の香りが充満し、高級ホテルのトイレのような印象を受ける。空港内のパフューム類の香りと外気の匂い。そのギャップが激しければ激しいだけ印象に残る。
筆者の場合、海外出張での監査が多かったこともあり、国際空港からタクシー or お迎えの車でローカルな地域に移動する(宿泊ホテルが空港近くにある場合もあるが、当たり前だが工場が空港近辺にあることはほとんど無い)。あるいは、国際空港でのトランジットでローカル空港に移動する。その場合もホテルへは前述と同じである。そういったこともあってか、その国の地方に行くことが多く、その意味では、各国地方の匂いを嗅ぐこともできたと言える。
インバウンドと称して海外からの旅行者が増えたが、彼らも「日本特有の匂い」を感じているのだろうか。一度尋ねてみたい。

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*1:Product Quality Review(PIC/S GMP Guide Part Iの改訂Chapter 1案より)
「12ヶ月間のレビュー期間中に製造された製品バッチ数が全くない場合でも、製品品質レビューを実施する必要がある。これには、少なくとも以下の事項が含まれる必要がある。安定性試験結果、返品、苦情、回収、関連する逸脱(クオリフィケーションおよびバリデーション活動に起因するものを含む)、ならびに規制上の背景(例:販売承認の変更の提出、付与、または拒否、第三国(輸出専用)向け資料を含む)、および関連する販売後コミットメント)。直近の製品品質照査のレビューも実施する必要がある。」
https://picscheme.org/docview/10051

*2:「株価操作のための実質ペンディング」とは、社内的には治験も停止しており開発中止に限りなく近いが、開発品のラインアップの観点(自社開発はほぼ断念しているが導出目的といった見かけ上の数増やし)から、公式には「開発中止」を宣言していない開発品を指します。

*3:本邦の治験薬GMP基準の15.1項(品質等に関する情報及び品質不良等の処理の項)には「その品質情報に係る事項が当該治験薬製造施設に起因するものでないことが明らかな場合を除き」とあり、調査の結果として品質不良等ではなかったという場合は本章の要件が求められることになりますので誤解無きようお願いします。

*4:Quality Risk Management(PIC/S GMP Guide Part Iの改訂Chapter 1案より)
「製品の品質は、製品ライフサイクル全体を通じて、適切なリスクに基づく意思決定に基づいて保証されるべきであり、医薬品の品質にとって重要な特性が維持され、製品が安全かつ有効であり続けるようにする必要がある。この点において、知識は、情報に基づいた意思決定を行い、再評価を促し、継続的な改善を促進するために活用されるべきである。」
https://picscheme.org/docview/10051

 

 

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