私が経験したあれやこれやの医薬品業界【第10回】
新薬事業というギャンブル
前回のコラムから大分間が空いてしまいましたが、第10回目は、40年近く製薬事業に携わった間、常に頭にあった“確率”ということについて書きたいと思います。
第4回目の連載で研究開発部門での経験、医薬品研究開発の難しさを書きました。
新薬事業がギャンブルだというと大いに語弊があり、研究開発の方々からは怒られると思いますが、薬の有効性、安全性は最終的に確率の問題に行きつきます。確率をいかに高くするか(有効性)、あるいは低く抑えるか(安全性)、に研究開発の苦心があります。今のところ、すべての患者に有効な薬剤はありませんし、すべての人に副作用がない薬剤もありません。
医薬品の価値評価でも利益(有効性)と危険性(副作用)を天秤にかける、リスク・ベネフィットという考え方が普及してきました。またリスクをどう取るか、ネガティブな副作用が発現した際の対処法など、リスクマネジメントの重要性も認識されています。このリスクマネジメントの観点からも処方医、医療従事者の方々への適切な情報提供は製薬企業の大変重要な仕事の一つです。
研究開発投資判断に用いられる、リスク調整後正味現在価値/Risk-adjusted Net Present Value(rNPV)の算定においても、確率の考え方が極めて重要になります。企業内で研究開発プロジェクトの優先度を決める時や、ベンチャーキャピタルが創薬ベンチャーに投資判断をする際にもrNPVは一般的に活用されています。しかし、この算定数字だけで意思決定を行うことは不可能です。特に新規モダリティ、First-in-Classの新薬、過去に例のない適応症などのケースでは、定量的データを超えた、「目利き」とも言えるギャンブル的なリスクテイクも必要になってきます。
このような新薬事業の難しさをいかに克服してきたか、その歴史、問題点、そして醍醐味を詳述した本があります。製品名、企業名も実名で書かれているので非常に興味深く、製薬事業に携わる方々には一読をお勧めします。
「新薬という奇跡(原題 The Drug Hunter)―成功率0.1%の探求―」
著者:ドナルド・R・キルシュ オギ・オーガス
出版社:早川書房/ハヤカワ・ノンフィクション文庫
創薬研究の確率、臨床試験の確率を考えると、今、世の中にある薬剤がどれだけ希少価値のあるものかが理解できると思います。
Genius is one per cent inspiration, ninety-nine per cent perspiration.
―天才は1%の閃きと99%の発汗(地道な努力)であるー
トーマス・エジソンの名言として知られる言葉があります。新薬開発はこの言葉の通り、閃きが求められると同時に、地道な実験作業の積み重ねです。AIとロボットがこの99%の発汗部分を大きく手助けしてくれることは間違いないでしょう。この1%の閃きの部分、セレンディピティを起こすというAIも出てきました。しかし、人類が長年にわたり解明してきた、生体および病態については未だ、未知の部分は膨大です。薬剤の効果、安全性はいつまでたっても確率で考えるしかありません。膨大な未知の世界をAIがどこまで追求できるかも未知数です。
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