中国駐在の記憶から考える、ビジネスの「変わるもの」と「変わらないもの」
かつて日系製薬企業の現地駐在員として中国に赴任していた頃、日々目まぐるしい社会の変化と、日本では考えられないカルチャーショックの連続でした。
あれから十数年が経ち、中国社会はキャッシュレス決済、EV(電気自動車)、AIやDXの普及など、世界トップクラスのハイテク社会へと劇的な変貌を遂げました。過去の知識、経験で現在のビジネス判断を下せば誤りを犯すことになります。しかし、当時現地で、肌で感じた「行政と民衆の力学」「制度と現場の乖離」「人間の行動原理」には、デジタル化された現代においても変わらず脈々と流れる本質も存在しているのではないでしょうか。
当時の現場エピソードを振り返りながら、現代の中国医薬品ビジネスにも通じる視点を3回に分けて連載します。
1. 法律と運用の乖離、地方と中央の行政力学
【パトカーの私用と39.8度の酷暑】
• 西安での出来事:
市内を車で移動していた夕方、渋滞中の大通りをパトカーがサイレンを鳴らし、道を譲る車をすり抜けて追い越していきました。見ていると、そのパトカーは歩道に寄せて停車。中から降りてきたのは塾のカバンを背負った小学生くらいの男の子で、運転していたのは母親らしき女性でした。なんとパトカーの私用です。中国人運転手に聞くと、警察官の旦那のパトカーを私用に使う奥さんは沢山いて、特に何とも思っていない風でした。この話を北京の中国人にしたら北京でも同じで、本当は違法なのだろうけれど誰も咎めないとのこと。警察や政府の人間がすることに一般人は文句があっても言えないということです。
• 北京の気温法律:
北京では気温が40度を超えることもあるのですが、労働者保護のため「40度を超えたら企業は臨時休業にしなければならない」という法律がありました。ところが、この基準となる気温は市が公表する気温で、この法律ができてから、どんなに暑い日でも市の公表気温は39.8度とか39.9度で、40度を超えることはないそうです。現地では実情にそぐわない厳しい規制ができると、現場や人々は自衛のために柔軟な「運用の抜け道」や現実的な着地点を模索する傾向があります。中央政府の政策や方針に地方政府が素直に従うことはないと考えていた方が無難です。
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