ゼロベースからの化粧品の品質管理【第57回】

2025/06/20 化粧品

製造所における標準書遵守とヒューマンエラー対策について

 

―製造所における標準書遵守とヒューマンエラー対策について―

 化粧品の製造現場では、「標準書が守られていない」「ヒューマンエラーによるトラブルが多い」といった話をよく耳にします。
 しかし、標準書は製造工程の一貫性を保ち、品質を保証するための基盤であり、GMP(適正製造規範)を守るうえでも欠かせない存在です。
 そもそも標準書は、「誰が作業しても同じ品質が確保できる」ことを目的に作成されるものです。手順が明確に定められていなければ、作業者ごとの判断に委ねられてしまい、品質のばらつきや異物混入、手順の抜け漏れといったリスクが高まります。さらに、標準書は監査や行政の査察の際にも重要な根拠資料となり、会社の信頼性を担保する意味でも極めて重要です。
 そのため、「標準書やルールを守る文化づくり」は、GMP体制を強化するという意味だけでなく、企業経営の土台作りそのものともいえるのです。
 また、「標準書が守られなかった」「ヒューマンエラーが発生した」ことへの対策として、「ダブルチェック体制を導入した」「標準書の教育を行った」といった報告を目にすることも少なくありません。ですが、こうした対策だけで本当にトラブルはなくなるのでしょうか?
 「人に注意させる」「教育する」という対応が中心になると、「これまでと何が変わったのか?」「仕組みや体制そのものは見直されているのか?」「そもそも現場の作業者の声は聞いているのか?」と、疑問を感じずにはいられません。
 そこで今回は、標準書の基本的な考え方や、実際の作成方法、そして現場で定着させるための進め方についてお話しします。
 なお、ヒューマンエラー対策については、交通事故や労働災害、HSAS18001:2007などの専門家による知見がありますので、ここでは「現場で守られる標準書づくり」という視点に絞ってご説明いたします。

1.標準書に関するトラブル事例とその原因について

事例1)
 ある製造所で、バルク製造において溶解手順(予備混合、混合時の温度)を守らなかったことで、有効成分が均一に分散されず、市場出荷後に回収対象となりました。
 調査の結果、標準書の記載が曖昧であったことと(“プロピレングリコールの一部と混合した後に添加する”との記載のみ)、更に、作業者は、“最終的に添加して攪拌すれば手順を省略しても問題ない”と判断したことが原因でした。

<問題点>  
 標準書は現場の実情を反映し、誰が読んでも理解できるレベルに整備すること。作業者のフィードバックを取り入れて定期的な見直しを行うことが必要です。この場合には、作業者に対して次の情報を伝えておくことが重要でした。
① 該当原料は、その重量に対して何倍位のプロピレングリコールが必要なのか?
目安として全体がペースト状にしておくこと、そのためには約4倍の量、バラツキを考え5倍量が必要である。
② プロピレングリコールは該当原料がダマを起こさないようにする目的であること、その後、70℃のお湯で完全溶解させないと見かけ上は解けているように見えても冬場においては多量の水での完全溶解には時間が掛かること、また完全溶解の確認は難しく、単に分散している状態の可能性があることを伝えなければいけません。
 

<再発防止策に関する留意点>
 標準書が守られない背景には、記述内容の不明瞭さ、現場との乖離、教育不足が関係しています。一方、全ての事項をあまりにも細かく規制してしまうと現場の実態と乖離していたり、更に、あまりにも複雑すぎる内容だったりすると作業者が独自の判断で逸脱する傾向があります。
 また、「読む時間がない」「理解できない」などの理由で、標準書は形式的に署名がされているだけで実質的に理解されていないケースも多く目にします。“簡潔に表現する”、“やってはいけないことや注意する項目を明確にするだけに止めること”が重要です。

記載例)
① 粉末原料Aの約5倍量のプロピレングリコールで全体を湿潤する。
② 全体をペースト状にした後、ペーストに対して約10倍量の70℃以上の温水を加え、プロペラ式攪拌機を用いて10分間以上攪拌し溶解する。
③ 溶液を透明な容器に少量サンプリングし、細かな寒天状の粒が無いことを確認する。微細な不溶解物が確認された場合には、液温が70℃以上であることを確認した後、更に10分間攪拌し、完全溶解していることを確認する。
④ 不溶解状態が続き③の作業を3回続けても溶解しない場合には、品質部門に異常を伝え、対策を検討する。
 

事例2)
 秤量作業で同じ容器を複数回使用していたため、計量ミス、識別ミスが発生していました。(容器本体に手書きで原料名、計量値を書いていた)

<問題点>  
 人間は誰でも注意力や記憶に限界があります。特に繰り返し作業や単調な作業では集中力が低下しやすく、「うっかりミス」が発生します。仕組みとしてミスを誘発しにくい設計が必要です。注意不足ではなく「仕組みの不備」や「認知的限界」が原因として取り組むことが必要です。

<再発防止策に関する留意点>
 容器に表示するラベルは“システムから指図書と共に自動で出力する”、“指図書の原料名に加えて、添加順序に従って原料はナンバーリングする”、“ナンバーリング毎に色分けし、秤量した容器についてもこれに対応する内容を記載したラベリングを用いる”等、ポカヨケ機構(色分け、物理的制限)を導入することが考えられます。
 更に、“秤量指図された量と秤量値が一致しないと次のステップに進まないシステム”を導入することや、“秤量後の理論残と実際残の一致を確認すること”で秤量値に対してもダブルチェック機能を持たせることも検討の余地があります。

 「うっかりミス」が発生した場合の対策としては、「人間はミスをするもの」という前提で、“どのようなミスが考えられるのか?”“ミスを防ぐ仕組み・設計(エラープルーフ)を考えることが有効です。
 多くの現場では、エラーが発生すると「注意を徹底しよう」「再教育しよう」といった対応が取られますが、これは一時的な効果しかなく、同様のミスが再発しやすい傾向にあります。本質的には、ミスの根本原因を仕組みで排除することが必要です。表面的な原因(例:不注意)だけでは改善は限定的になりますので、背景要因(環境要因、設計の不備、など)を掘り下げることが、再発防止には不可欠です。

事例3)
 化粧水の生産で、同じブランドで使用する乳液用の中栓を一部誤って使用して生産してしまった。この事例では、初動調査で「資材の端数の出庫をした際の資材担当者の確認漏れ」「現場作業者の作業時の確認漏れ」とされていました。

<問題点>  
 詳しく調査すると、資材置き場がブランド別に資材が保管されており、化粧水用と乳液用が隣接した場所に置かれていました。更に、段ボールの表示は資材名(PE中栓3φ)と口径の表示のみで、識別表示(PE中栓6φとの差別化)が十分でなかったことが判明しました。

<再発防止策に関する留意点>
 “異品が隣接していたことを避けること”、“一目で分かるようにすること”が必要です。発生原因を「人のせい」にせず、環境・手順・設計を含めた包括的な視点で原因分析を行うことが重要です。
 更に、仮に間違って使用された場合、例えば、“栓の浮き状態が変わる”、“閉めトルク値が低くなる”のどのような異常が起きるのかを考えること、更には、画像センサーで常品を排除する仕組みを導入すること等、発生防止を図ると共に、異常品が次のステップに進まない仕組みの二つの視点からの対策を導入することが必要です。

 

 

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執筆者について

鈴木 欽也

経歴

1980年に㈱資生堂に入社。掛川工場で処方開発・生産技術開発を担当。ネイルエナメルのゲル化剤、色材の開発や調色に関するコンピューターカラーマッチングシステムを開発。他に高圧乳化、凍結乾燥、パーマ剤、ヘアカラー等の特殊技術開発にも従事。
その後、本社生産技術部で海外事業戦略、海外工場建設、生産技術移転、海外薬事対応の業務を担当した後、再び掛川工場でファンデーションやマスカラ生産の移管業務を担当、本社で海外原料・資材・製品調達の業務を担当した後、中国北京工場の取締役工場長として、工場建設とシャンプー、リンスの現地生産化や化粧品の工業会の業務に尽力。
帰国後、掛川工場技術部長、大阪工場技術部長を歴任、FDAの査察受け入れやEU原薬登録を実施。
また、㈱コスモビュティー執行役員 品質管理部長としてベトナム工場、中国工場を建設。現在、㈱ディー・エイチ・シーさいたま岩槻工場の工場長でメーキャップ製品の工場改修・立上げを実施した。2017年から中小企業診断士として、鋳造業、サービス業、建築業等の事業計画作成支援や企業の5S活動支援を実施している。
品質管理に関しては、米国OTC製品の化粧品業界で日本国内初のFDA査察を受け入れ、指摘事項ゼロ件での対応、ヒアルロン酸のヨーロッパ原薬登録・米国FDA登録、ヒアルロン酸の原薬工場棟の増設を責任者として推進した経験を持つ。
公害防止管理者(水質1種、大気1種)、中小企業診断士(埼玉県正会員)、FR技能士、ターンアラウンドマネージャー(事業再生、(一社)金融検定協会認定)、健康経営EXアドバイザー、ISO9001審査員補、2022年5月から(株)エコノス・ジャパン代表取締役

※このプロフィールは掲載記事執筆時点での内容となります

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